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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)65号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

齊藤誠

中由規子

米山健也

被告

厚生大臣

宮下創平

右指定代理人

黒澤基弘

外六名

主文

一  本件訴えのうち、主位的請求に係る訴え(被告が平成七年二月二二日付けで原告に対してした懲戒免職処分の無効確認を求める訴え)を却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  主位的請求

被告が平成七年二月二二日付けで原告に対してした懲戒免職処分が無効であることを確認する。

二  予備的請求

被告が平成七年二月二二日付けで原告に対してした懲戒免職処分を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、厚生省の職員であり、平成六年四月一日付け人事異動により神戸検疫所検疫課長として在職していた原告が、被告から平成七年二月二二日付けで懲戒免職処分(以下「本件懲戒処分」という。)を受けたが、この処分には懲戒事由が存在せず、その手続に著しい瑕疵があること(公正な告知と聴聞の手続の欠如、処分説明書に記載された理由の著しい不備等)、本件懲戒処分が他事考慮により行われたものであること、本件懲戒処分が平等原則に違反すること、本件懲戒処分が憲法一三条、三一条、三九条後段に違反すること、以上のとおり主張し、主位的に本件懲戒処分には重大かつ明白な違法があるとして、その無効確認を求め、予備的に本件懲戒処分の取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠に基づき認定した事実を含む。争いのない事実については特にその旨は断らないが、認定の根拠を示すため、認定中に引用等をした文書についてはその直後に、その余の事実については各項末尾の括弧内に、証拠を掲げる。)

1  当事者

(一) 原告

原告は、昭和四八年三月に日本大学医学部を卒業し、同年六月二二日に医師免許を取得した後、同年四月から立川アメリカ合衆国軍事病院インターン、昭和四九年四月から日本大学医学部第二病理助手、昭和五〇年七月からエール大学医学部付属セントメリー病院内科レジデント、昭和五一年七月からミネソタ州立大学医学部精神神経科レジデント、昭和五三年七月からコーネル大学医学部精神神経科レジデント、昭和五四年七月から同科講師、昭和五六年七月から同科助教授、昭和五九年七月からニューヨーク医科大学精神神経科助教授の各職を務め、昭和六一年一〇月一日に厚生技官として厚生省に入省して国家公務員となり、同日保健医療局精神保健課課長補佐、昭和六二年五月一日同課精神保健専門官、同年一一月五日防衛庁教育訓練局衛生課、平成元年九月七日厚生省保健医療局疾病対策課課長補佐、平成二年六月一日関東信越地方医務局指導課長、平成三年一月一六日東京検疫所検疫課長及び同年一二月二〇日横浜検疫所検疫課長を歴任し、平成六年四月一日付け人事異動により神戸検疫所検疫課長に任用された(甲第六号証、第二六号証の三(五頁ないし七頁))。

(二) 被告

被告は原告の懲戒権者である(国家公務員法(以下「国公法」という。)五五条一項、八四条一項)。

2  原告の執筆活動

原告は、厚生省の職員等の行動等についての批判的叙述を内容とした「お役所の掟」及び「お役所のご法度」と題する書籍の著者である。これらの書籍は、原告が厚生省の職員であった時に執筆したものである。

3  原告の神戸検疫所等に対する文書の提示

原告は、平成六年六月一四日、神戸検疫所長林和(以下「林所長」という。)及びその他の職員に対し、「1 私はいかなる仕事に関しても、その内容は適材適所の原則を貫くべきであると考ている。この原則に則し、私に与えられた仕事内容がこれまでの経歴と実績を無視していると、私が判断した仕事についてはそれに従事しない。であるから、1)検疫艇には乗船しない。ただし、例外として検疫課の職員が長期休暇をとる場合、週末に限って乗船することもあり得る。なお、ここに記した原則とは関係なく、私は椎間板ヘルニアとなる前状態が腰椎にあり、そのため腰痛という症状が出ている。その事実は整形外科医の診断書にも書いて有るとおりである。それ故に脊椎を圧迫するような仕事につくことはできない。検疫艇乗船業務はこうした腰椎の病理から判断すると自動的に排除される。2)予防接種に関わる仕事は行わない。ただし、例外として看護婦さんが長期休暇をとる場合はその業務を行ってもよい。2 八時半が勤務開始だからその時間帯に遅れるなとの指示を受けた。これは小林審議官からも同じような指示を以前に受けたことがある。だが検疫所は厚生省の直属の機関であり、その厚生省では多くの幹部は勤務時間開始とともに出勤していない。このように出勤時間が曖昧となっているのは厚生省に限らず、霞ケ関全体の問題である。以前勤めていた横浜検疫所でも、所長、次長、総務課長などは勤務時間ぴったりに仕事場には現れていない。霞ケ関は日本で唯一の立法府でもある。そして官僚は法律の整合性を説く。そこで、霞ケ関、いや日本中の官僚が定時に出勤することが徹底されることになれば私も八時半という出勤時間を守ることにする。それが徹底されないのであれば、私は霞ケ関の出勤時間に合わせて出勤する。」との記載のある文書(乙第二八号証)を手渡した。

4  原告が出勤せず、欠勤として扱われた日について

(一) 原告が所定の休暇を請求せずに出勤しなかった日について

(1) 原告は、平成六年五月二日(月)、同年五月九日(月)、同年七月二九日(金)、同年一〇月一八日(火)、同年一〇月二八日(金)及び同年一一月八日(火)の合計六日間について全日勤務せず、あらかじめ休暇簿に記入して所長の休暇を請求し、その承認を受けることをせず、事後において承認を求めることもしなかった。

(2) また、原告は、あらかじめ海外渡航承認申請も年次休暇も請求せず、平成七年二月四日(土)から同月一三日(月)までの間アメリカ合衆国へ渡航した(以下「本件海外渡航」という。)が、その間の出勤すべき日である同年二月六日(月)、同年二月七日(火)、同年二月八日(水)、同年二月九日(木)、同年二月一〇日(金)、同年二月一三日(月)及び帰国後の同年二月一四日(火)の合計七日分について全日勤務せず、その後も休暇簿に記入して年次休暇を請求するという所定の手続に則った措置を執らなかった。

(二) 原告が出勤せず、休暇の請求をしたが不承認となった日について

(1) 腰痛治療を理由とする病気休暇の請求関係

原告は、平成六年一〇月二六日付けで、同年一〇月三一日(月)、同年一一月一日(火)、同年一一月四日(金)及び同年一一月七日(月)の四日間分、同年一一月一〇日付けで同年一一月一一日(金)及び同年一一月一四日(月)の二日間分、同年一一月一七日付けで、同年一一月一八日(金)及び同年一一月二一日(月)の二日間分、同年一一月二四日付けで、同年一一月二五日(金)及び同年一一月二八日(月)の二日間分、同年一二月一日付けで、同年一二月二日(金)、同年一二月五日(月)、同年一二月七日(水)、同年一二月九日(金)及び同年一二月一二日(月)の五日間分、同年一二月一五日付けで、同年一二月一六日(金)及び同年一二月一九日(月)の二日間分並びに同年一二月二二日付けで、同年一二月二六日(月)及び同年一二月二八日(水)の二日間分について、いずれも腰痛の治療及び療養を理由とする病気休暇の請求をし、その根拠として東京都港区内所在の高橋整形外科医院の高橋昭医師(以下「高橋医師」という。)作成の同年一〇月一一日付け診断書(乙第五号証)を提出し、各請求に係る日について出勤しなかったが、いずれの病気休暇の請求も林所長に承認されなかった。

(2) 養母の法事出席を理由とする特別休暇の請求関係

原告は、平成六年一〇月二六日付けで同年一一月二日(水)について、養母の法事出席を理由とする特別休暇を請求し、同日出勤しなかったが、右特別休暇の請求は林所長に承認されなかった。

(3) 歯の治療を理由とする病気休暇の請求関係

原告は、平成六年一一月一〇日付けで同年一一月一五日(火)の、同年一一月一七日付けで同年一一月二二日(火)の、同年一二月一日付けで同年一二月六日(火)の、及び同年一二月二二日付けで同年一二月二七日(火)のいずれも歯の治療を理由とした病気休暇の請求をし、その根拠として東京都大田区内所在の細野歯科クリニック細野純歯科医師作成の同年一一月八日付け診断書(乙第六号証)を提出し、各請求に係る日に出勤しなかったが、いずれの病気休暇の請求も林所長に承認されなかった。

(4) 高コレステロール血症の治療を理由とする病気休暇の請求関係

原告は、平成六年一二月一日付けで同月八日(木)について、診断書等の資料を提出することなく、高コレステロール血症の治療を理由とする病気休暇の請求をし、同日出勤しなかったが、右病気休暇の請求は林所長に承認されなかった。

(5) 急性気管支炎兼急性胃腸炎の治療及び療養を理由とする病気休暇の請求関係

原告は、平成七年二月一六日付けで同年一月四日(水)から同年二月三日(金)までの二二日間分について、急性気管支炎兼急性胃腸炎の治療及び療養を理由とする病気休暇を請求し、その期間出勤しなかったが、右病気休暇の請求は林所長に承認されなかった。

(三) 原告が政令及び訓令所定の勤務開始時間に遅れて出勤し、又は勤務終了時間よりも早く退勤したため勤務をしなかった時間について

原告の勤務時間は、政府職員の勤務時間に関する総理庁令(昭和二四年総理庁令第一号、平成六年九月一日廃止)及び厚生省に勤務する職員の勤務時間に関する訓令(平成六年八月二三日厚生省訓令第四九号)(乙第一二号証、以下「厚生省職員の勤務時間訓令」という。)によれば午前八時三〇分から午後五時であった。原告は、右勤務時間を基準として、平成六年六月に合計一八時間、同年七月に合計一七時間、同年八月に合計二九時間、同年九月に合計一九時間三〇分、同年一〇月に合計一八時間、同年一一月に合計二一時間一五分、同年一二月に合計一六時間、平成七年二月に合計七時間、以上総合計一四五時間四五分について右勤務開始時間に遅れて出勤又は右勤務終了時間よりも早く退勤したため、その間勤務をしなかった(乙第三号証)。

5  阪神淡路大震災

平成七年一月一七日、阪神、淡路島を中心とする大規模な地震(以下「阪神大震災」という。)が発生した。

6  原告のアメリカ合衆国への渡航等について

原告は、平成七年二月四日、厚生省の職員が国の用務以外の目的で海外に渡航する場合の取扱いに関する訓令(昭和五八年四月二〇日厚生省訓第二〇号)(乙第三七号証、以下「厚生省職員の海外渡航に関する訓令」という。)に定められた検疫所長の事前の承認を得ることなく本件海外渡航をし、同月五日ころ、アメリカ合衆国ワシントンDCにおいて講演を行った。

原告は、同月六日滞在先のホテルから神戸検疫所総務課庶務係長國生英雄(以下「國生庶務係長」という。)に対して、「お早うございます。ワシントンDCから連絡をいれます。」との記載で始まり、それまでり患していたインフルエンザが回復したこと、原告が官僚制度批判を続けることが阪神大震災に被災した神戸市民に貢献することになると考えたこと、アメリカ合衆国内でいくつかの講演を予定していること並びに「日本に帰国するのは二月一四日となります。ですから神戸検疫所に行くのは早くても一五日です。」及び「ところで海外渡航申請書ですが、インフルエンザで神戸へ行けなかったこともあり、提出していませんが、神戸検疫所に行ったときに処理をすればよいのではないかと思っています。」等が記載された文書(乙第一六号証)をファックスで送信した。

林所長は、同月六日、アメリカ合衆国滞在中の原告に対して、「帰国命令等について」と題し、「この海外渡航は認められない。直ぐ帰国せよ。これは所長命令である。厚生省職員が国の用務以外の目的で海外に渡航する場合は、事前に承認を受けなければならないことは、貴君も十分承知していることではないか。総務課長から電話により、一月二六日に緊急呼出に応じられるよう待機すること。一月三〇日出勤出来る状態になったら連絡することを伝えてあり、また、二月三日の総務課長との電話でのやり取りでも海外渡航には一切触れず、診断書によって二月六日(月)出勤可能であるにもかかわらず出勤せず、二月五日より無断で海外渡航している。ましてや、所の業務状況が「兵庫県南部地震」への応援で忙しく、貴君の一日も早い出勤を要請している中で無断で行くとは、貴君は職責をなんと考えているのか。」等の記載がある文書(乙第一七号証)をファックスで送信したが、原告は、林所長の右帰国命令には従わず、同月一三日に帰国した。

7  原告に対する事情聴取

原告は、平成七年二月一五日、本件海外渡航から帰国後初めて神戸検疫所に出勤し、神戸検疫所総務課長宮城重吉(以下「宮城総務課長」という。)から約五〇分にわたり海外渡航の方法、期間及び行動等について事情聴取を受けた(以下「本件事情聴取」という。乙第一九号証)。

8  本件懲戒処分

被告は、原告に対し、平成七年二月二二日付けで本件懲戒処分を行い、同月二三日に懲戒処分書(甲第三号証)及び処分説明書(甲第四号証)を交付した。

右処分説明書には、原告は、平成六年四月一日から神戸検疫所検疫課長として同課の所掌事務を統括し、部下職員を指導監督すべき地位にあり、その職責遂行義務及び服務規律の遵守は、一般職員より強く求められる立場にありながら、①平成六年四月一日から平成七年二月一五日までの間において、休暇の承認を得ることなく、述べ五九日にわたり一日の勤務時間のすべてを欠勤し、また、一日の半分に相当する勤務時間を超えた欠勤が一六回その他遅刻等も含め一四五時間四五分の勤務を欠き、この間上司から注意、指導及び命令を繰り返し受けたにもかかわらず、これを改めることなく職務を怠り、②平成六年一二月二六日から平成七年二月三日まで長期にわたり欠勤している状況にあり、かつ、神戸検疫所宮城総務課長の兵庫県南部地震への対応のための出勤及び待機要請を承知していながら、同年二月四日から同年二月一三日までの間、海外渡航及び年次休暇の承認を得ることなく無届けでアメリカ合衆国に私事渡航し、また、同年二月六日にこれを知った林所長の阪神大震災の被害復旧及び被災対策支援を行っている緊急状況を踏まえての帰国命令を無視し、本務に服さず、③平成六年六月一四日、林所長及びその他の職員に対して文書を提示し、検疫課長としての職務の一部(乗船検疫予備予防接種に関する業務)を拒否し、勤務時間(出勤時間)を守らない旨を宣言するとともに、これらに対する林所長や宮城総務課長の注意、指導及び職務命令を無視し、非違行為を繰り返し、並びに④管理職としての立場にありながら、職務に専念しないこと、上司の命令に従わないことを繰り返し公言したとして、これらの行為が国公法及び関連法令の規定に違反するものであり、国公法八二条各号に該当し、さらに、過去において服務規律違反(休暇不正使用と無届公務外海外渡航)で懲戒処分に付されているにもかかわらず、重ねてこうした非違行為を行った責任は重いとして、被告が原告に対し、本件懲戒処分をする旨記載されていた。

9  審査請求

原告は、本件訴えを提起するとともに、平成七年三月二二日付けで本件懲戒処分について人事院に対して審査請求をし(甲第五号証)、人事院は、平成八年九月二日付けで本件懲戒処分を承認する旨の判定をした(甲第二七号証)。

10  原告が本件懲戒処分以前に懲戒処分を受けたことがある事実

原告は、東京検疫所検疫課長の職にあった平成三年一二月一一日、三箇月俸給の月額の一〇分の一を減給する旨の懲戒処分を受けた。

右懲戒減給処分の対象となった懲戒事由は、平成二年八月以降、病気休暇を四回(延べ四日と四時間)、特別休暇を二回(延べ二日)取得し、この休暇を利用していずれも私的目的のために海外旅行をしたこと、平成三年八月二三日から同年九月一九日までの間私的目的のために海外旅行を行ったが、この海外旅行期間については事前に年次休暇の請求及び承認を得ることが十分可能であったにもかかわらず、その手続を行わず、厚生省職員の海外渡航に関する訓令による承認を受けなかったことであった(乙第三五号証、第三六号証)。

二  争点

1  本件懲戒処分の無効確認の訴えの適法性

2  本件懲戒処分の懲戒事由の有無

3  本件懲戒処分は公正な告知と聴聞の手続を欠いているか否か

4  処分説明書に記載された理由が著しく不備であるか否か

5  処分説明書の記載による処分理由には明らかに懲戒事由とはなり得ないものが含まれているか否か

6  本件懲戒処分が考慮すべきでない事実を考慮して行われたものか否か

7  本件懲戒処分が平等原則に違反するものか否か

8  本件懲戒処分が憲法一三条に違反するか否か

9  本件懲戒処分が憲法三一条、三九条後段に違反するか否か

第三  争点についての当事者の主張

一  本件懲戒処分の無効確認の訴えの適法性(争点1)について

1  原告の主張

本件懲戒処分は原告に対する不利益処分であり、原告はその無効を確認することにつき法律上の利益を有する。また、本件懲戒処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによっては原告が本件訴えを提起した目的を達成することができない。

2  被告の主張

原告は、本件懲戒処分の無効を前提とする国家公務員としての地位確認の訴え又は本件懲戒処分の取消請求によってその目的を達することができるから、行政事件訴訟法三六条が規定する「当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないもの」との要件を欠く。したがって、原告の主位的請求である本件懲戒処分の無効確認の訴えは不適法である。

二  原告の懲戒事由の有無(争点2)について

1  被告の主張

原告は、以下(一)から(四)までのとおりの懲戒事由に当たる行為を行ったものである。

(一) 本件懲戒事由その一(欠勤等)について

原告は、平成六年四月一日から平成七年二月一五日までの間において、前記(第二、一、4、(一)、(1)、同(2)、同(二)、(1)から(5)まで、同(三))のとおり、合計五九日について休暇の承認を受けることなく各日の勤務時間のすべてを欠勤し、また、一日の半分に相当する勤務時間を超えた欠勤が一六回あるほか、遅刻及び早退によるものも含め合計一四五時間四五分間勤務を行わなかったが、原告のこれらの行為は、国公法一〇一条一項及び同法九八条一項に違反し、同法八二条一号及び二号の懲戒事由に該当するものである。

(1) 休暇の請求のない欠勤について

前記第二、一、4、(一)、(1)、同(2)のとおりであり、原告は合計一三日間勤務時間のすべてを欠勤したものである。

(2) 休暇の請求が不承認となった欠勤について

前記第二、一、4、(二)、(1)から同(5)までの日については、原告が休暇の請求をしたが、承認されなかったため、欠勤に当たる。

ア 原告の腰痛の治療又は療養を理由とする病気休暇の請求を不承認とした理由

林所長が、原告の腰痛の治療又は療養を理由とする病気休暇の請求を承認しなかった理由は、以下のとおりである。

① 原告の通院する病院は土曜日も診療を行っている。また、神戸にも腰痛の治療に適した病院等は多数存在するので、東京の病院でなければ治療できない特別な理由はない。病気休暇の期間は、療養のために勤務しないことがやむを得ないと認められる必要最小限度の期間とすることとされている(人事院規則一五-一四(職員の勤務時間、休日及び休暇)二一条)から、勤務地の近くの病院で治療するのが当然であると考えられ、病気休暇を取得して、月曜日及び金曜日に東京で腰痛を治療しなければならない必要性が認められない。

② 原告の病気休暇の請求は、すべて休日又は他の休暇の前後の日についてされ、結果的に連続休暇となるような変則的な形でされている。

③ 原告の病気休暇の請求には以前から不明又は不自然な点が多い。原告は、腰痛が発症したとする平成六年六月六日から同年九月一二日までの期間について、勤務を要する日が七一日間あるうち、日に換算して約三六日間もの期間、その治療及び療養のために病気休暇を請求し、取得している。それにもかかわらず、その直後である同年九月一五日から同年一〇月五日まで(同年一〇月五日は半日休暇)、特別休暇及び年次休暇を取得して通常腰痛に苦しんでいる者であれば差し控えるであろう私的目的の海外渡航(ホンコン、フランス、イタリアへの旅行)を敢行し、その年次休暇期間満了後もそのまま出勤せず、同年一〇月二〇日になって、同年一〇月五日一二時四五分から同年一〇月一一日までの三日間四時間一五分について腰痛を理由とする病気休暇の請求をしたという事情があった。そこで、宮城総務課長は、原告が受診している高橋医師に対し、同年一〇月一七日付けで原告の病状等について文書で照会し、同年一〇月二五日に、勤務時間中腰椎固定コルセット着用、数時間ごとの体位変換及び休憩時間中臥床等が可能である旨の回答を受領し、これらの事実から、土曜日及び日曜日を挟んだ形の金曜日及び月曜日の全勤務時間の病気休暇を承認するには疑義が生じていた。

④ 林所長は、原告の腰痛に関する医師の診断書が提出されてはいるが、原告が病気休暇を取り安静臥床をすることが必要か、あるいは勤務をしながらの加療でよいか、治療のため八時間の病気休暇が必要か、必ず月曜日と金曜日に加療を必要とするかについて、医師による証明がされていないため、原告の腰痛又はその治療を理由とする病気休暇の請求は、療養のため勤務しないことがやむを得ないと認められる必要最小限度の期間(一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律(平成六年六月一五日法律第三三号。以下「勤務時間法」という。)一八条、人事院規則一五-一四(職員の勤務時間、休日及び休暇)二一条、二五条)とは認められないと判断した。

イ 原告の歯の治療を理由とした病気休暇の請求を不承認とした理由

林所長が、原告の歯の治療を理由とする病気休暇の請求を承認しなかった理由は、以下のとおりである。

歯の治療は一般的に一時間から二時間程度であり、勤務官署近くでの治療が通院時間から見ても妥当であり、病気休暇を取得して、平日に東京で歯の治療をしなければならない必要性は認められない。

病気休暇の請求は、すべて原告が腰痛を理由とする病気休暇を取得しようとしていた日の間の日又は休日と腰痛を理由とする病気休暇を取得しようとする日に挟まれた日についてされ、結果的に連続休暇になるような変則的な形でなされたものであった。

林所長は、原告に対し、病気休暇の請求に係る期間が歯の治療等のための必要最小限度の期間であることを認定する具体的な証明書の提出を指示したが、原告は右証明書を提出しなかった。

以上の事情から、原告の請求した歯の治療を理由とする病気休暇の請求期間は、療養のため勤務しないことがやむを得ないと認められる必要最小限度の期間であるとは認められなかった。

ウ 原告の高コレステロール血症の治療を理由とした病気休暇の請求を不承認とした理由

林所長が、原告の高コレステロール血症の治療を理由とする病気休暇の請求を承認しなかった理由は、診断書等の病気休暇の事由を証明する書類の提出がなかったので、病気休暇の必要性が認められなかったからである。

エ 原告の養母の法事を理由とした特別休暇の請求を不承認とした理由

林所長が、原告の養母の法事を理由とした特別休暇の請求を承認しなかった理由は、原告が右特別休暇を取得しようとした日が腰痛を理由とする病気休暇を取得しようとした日に挟まれた日であり、結果的に連続休暇となるような変則的な請求であったので、特別休暇として認められる所定の場合に該当することを証明する書類の提出又は提示を求めたが、原告は右書類を提出又は提示せず、特別休暇として認められる所定の場合に該当するとは認められなかったからである。

オ 原告の急性気管支炎兼急性胃腸炎の治療及び療養のための病気休暇の請求を不承認とした理由

林所長が、原告の急性気管支炎兼急性胃腸炎の治療及び療養のための病気休暇の請求を承認しなかった理由は、以下のとおりである。

病気休暇の請求は、事前にできなかった場合には事後速やかにその承認を求めるべきものであり、原告の右病気休暇の請求は平成七年一月四日から同年二月三日までの二二日間についての休暇を請求するものであり、原告は、その後の同月六日にアメリカ合衆国に渡航できる体調であったのであるから、神戸検疫所に出勤して、出勤後直ちに病気休暇の請求を行うべきであったにもかかわらず、原告は無断、無届の本件海外渡航を敢行し、林所長からの帰国命令を無視したことによって右病気休暇の事後請求が著しく遅れ、結局請求がされたのは同月一六日であった。そこで、林所長は、右請求が休暇の事後請求事由である「病気、災害、その他やむを得ない事由」に該当しないものであると判断した。

人事院規則一五-一四(職員の勤務時間、休日及び休暇)二七条一項は、「年次休暇、病気休暇又は特別休暇の承認を受けようとする職員は、あらかじめ休暇簿に記入して各省各庁の長に請求しなければならない。ただし、病気、災害その他やむを得ない事由によりあらかじめ請求できなかった場合には、その事由を付して事後において承認を求めることができる。」と規定しているが、現在、病気休暇の事後請求につき、いつまでに請求をしなければならないかについての明文の規定はない。

昭和六〇年以前は、病気休暇の事後請求につき「その勤務しなかった日から勤務を要しない日及び指定週休日を除き遅くとも三日以内に」との明文の規定があったが、昭和六一年一月の改正において右「三日以内」の制限は特に明記されなかった。右改正の趣旨は、病気休暇等の事後請求につき、「三日以内」に行われなければならないという形式的な要件を規定しなかったにすぎず、右改正後の同条の解釈としても、事後速やかに承認を求めることが病気休暇の事後請求の要件であると解すべきである。したがって、現行の同条は、「三日以内」といった形式的な期限は設けていないが、依然病気休暇の事後請求は速やかに行わなければならず、速やかに行われなかった事後請求は、事後請求の要件を満たさないものと解するべきである。

本件において、原告は、病気療養後である平成七年二月六日には、米国に渡航できる体調であった以上、神戸検疫所に出勤することは当然のことであり、出勤後直ちに病気休暇の請求を行わなければならず、これを行うことが可能であったにもかかわらず、あえて無断、無届けの海外渡航を行い、上司の帰国命令を無視するという自らの非違行為によって病気休暇の事後請求が遅れたという事情が存したのであり、そのため原告から右請求がなされたのは、同月一六日であった。したがって、右請求は、同規則改正前の「三日以内」になされなかったことはもとより、本来同検疫所に出勤すべきであった日から一〇日も遅れてなされたのであり、著しく遅れた事後請求として、事後請求の要件を満たさないものといわざるを得ない。

(3) 遅刻及び早退による欠勤について

前記第二、一、4、(三)のとおりであり、原告は五七回、一四五時間四五分に及ぶ遅刻及び早退を繰り返し、その間欠勤した。

(二) 本件懲戒処分その二(無承認海外渡航)について

原告は、平成七年二月四日から同月一三日までの間、厚生省職員の海外渡航に関する訓令に定められた承認を得ることなく無届けでアメリカ合衆国に私事渡航した。同月六日、これを知った林所長は、阪神大震災の被害復旧及び被災対策支援を行っている緊急状況を踏まえて、原告に対し、「帰国命令等について」と題する文書により、帰国し本務に服することを命じたが、原告は、右命令を無視し、本務に服さなかった。

右事実は同法九八条に違反し、同法八二条一号及び二号の懲戒事由に該当するものである。

(三) 本件懲戒事由その三(職務行為の拒否及び勤務時間不遵守の宣言等)について

原告は、前記(第二、一、3)のとおり、平成六年六月一四日、林所長及びその他の職員に対し、文書を提示し、検疫課長としての職務の一部(乗船検疫及び予防接種に関する業務)を拒否し、勤務時間(出勤時間)を守らない旨を宣言したが、原告のこの行為は国公法九九条に違反し、同法八二条一号及び三号の懲戒事由に該当するものである。

原告は平成六年四月六日、林所長から乗船検疫業務及び予防接種に関する業務を行うよう命令されたにもかかわらず、同月一四日、同月二七日、同月二八日において検疫業務を、また、同年六月以降の予防接種業務に従事すべき日において予防接種業務を、それぞれ拒否したが、原告のこれらの行為は国公法九八条及び一〇一条に違反し、同法八二条一号及び二号の懲戒事由に該当するものである。

(四) 本件懲戒事由その四(職務専念義務違反及び命令不服従の反復)について

原告の発言として、平成六年一一月一一日大阪新聞に「どの仕事にも適材適所の原則を貫くべき。私の経歴と実績を無視したと判断した仕事に従事しない」との記載のある記事が、雑誌ヴューズの平成六年一一月号に「二年ほど前から痛めている腰痛の具合が悪化して、椎間板ヘルニアの一歩手前と診断されている。そこで私は、仕事もなくもてあましている時間を、体の静養、とくにストレス・マネージメントに充てることにした。腰痛で病休を取得していけないことはない。少なくとも建て前としては病休という制度がある以上、その制度を最大限、利用させてもらうことにしたのだ。」「懲戒免職は私にとって最大の勲章です。」との記載のある記事がそれぞれ掲載された。

また、原告が平成六年六月一四日林所長あての文書において「いじめとかしごきを正当化してきた林所長は、反省をするべき点が多々ある。そこで反省をしたという事実を示すものとして、羽田総理大臣及び大内厚生大臣あてにこれまでの私の言動及び行動を評価した推薦状を書き、その内容には、私が行政改革の委員の一人として最適任者であることを明記すると共に、次の人事異動では本省の課長職、あるいは最低限、東京近辺の検疫所の所長として適格である旨を示すことを要求する。この推薦状が書けないのであれば、あなたは無能であるとの私の仮説を証明したことになる。」旨記載したことが、平成六年一一月一一日の大阪新聞に掲載された。

これらの事実は、原告が管理職としての立場にありながら、繰り返し、原告が「職務に専念しないこと」及び「上司の命令に従わないこと」を公言したことを示す事実である。原告の行為は法令を守るべき公務員が自ら法令に規定された「職員は、その職務を遂行するについては、法令に従い、かつ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」(国公法九八条)ことを守らない旨宣言するものであり、懲戒免職を歓迎する旨の発言は国家公務員の懲戒が公務の規律及び秩序維持のためのものであるという意義をなんら認めないものであり、国家公務員という組織体の一員としての職員が負っている服務規律を遵守し、公務の信頼の確保に努め、公正、誠実、能率的に職務を遂行する義務を否定するものであるので、官職の信用を傷つけ、あるいは失墜するような行為であるから国公法九九条に違反し、同法八二条一号及び三号の懲戒事由に該当するものである。

2  原告の主張

(一) 懲戒事由その一について

(1) 休暇の請求のない欠勤について

原告は、前記第二、一、4、(一)、(1)のとおり、平成六年五月二日(月)、同年五月九日(月)、同年七月二九日(金)、同年一〇月一八日(火)、同年一〇月二八日(金)、同年一一月八日(火)に出勤しなかったが、右六日間については、後記(アからカ)のとおり、それぞれ出勤しなかったことに正当な理由がある。しかも、原告はいずれもあらかじめ神戸検疫所に連絡をしているのであって、休暇の請求をせずに欠勤をしたものではない。

人事院規則一五‐一四(職員の勤務時間、休日及び休暇)二七条一項本文は、「年次休暇、病気休暇又は特別休暇の承認を受けようとする職員はあらかじめ休暇簿に記入して各省各庁の長に請求しなければならない。」と規定しているが、それは代替者の配置等を可能にして公務の運営に支障を来さないようにする趣旨であり、原告の場合は、いずれの場合も事前に連絡をしているのであって、右趣旨は達成されている。一般的にも、病気休暇の場合には事前の休暇簿への記入が不可能なことが多く、事前に電話等による連絡があれば、事後的に右連絡日を請求日として休暇簿に記入する扱いとなっているのであるから、原告が事後的に休暇簿に記入することを失念したことは、軽微な手続上の過誤に過ぎず、懲戒免職処分の事由とはなり得ない。

また、原告は、前記第二、一、4、(一)、(2)のとおり、平成七年二月四日(土)から同月一三日(月)までの間本件海外渡航をし、同年二月六日(月)、同年二月七日(火)、同年二月八日(水)、同年二月九日(木)、同年二月一〇日(金)、同年二月一三日(月)及び同年二月一四日(火)の合計七日分について出勤しなかったが、その点ついては、後記(キ)のとおりである。

ア 平成六年五月二日(月)について

原告は、同日、原告の神戸検疫所への不当な配置転換に抗議するために厚生省の本省に赴き、高原食品保健課長に面会する予定であったため神戸検疫所に出勤できなかった。原告の右行為は正当な権利行使であり、欠勤扱いにされるべきではない。原告は、あらかじめ國生庶務係長に右の予定を告げた。同人は原告に対して年次休暇を利用するように告げたが、原告は右のように当然出勤扱いにされるべきであると考えたため、休暇簿に記入をしなかった。

イ 平成六年五月九日(月)について

原告は、同月二日に高原食品保健課長に面会できなかったため、同月九日、再び厚生省本省に赴き、同課長に面会した。そのため原告は神戸検疫所に出勤できなかった。原告は、あらかじめそのことを連絡したが、アと同様な理由で休暇簿への記入をしなかった。

ウ 平成六年七月二九日(金)について

原告は、同日、腰痛により出勤できなかった。原告は、同日の朝、腰痛により出勤できない旨を神戸検疫所に連絡し、同日についてはいったん病気休暇が承認されたが、後日、林所長は、原告が翌日(同月三〇日(土))早朝の「朝まで生テレビ」というテレビ番組に出演していたことを理由として、同月二九日についての病気休暇を認めないこととした。原告は、そのため休暇簿に事実上記入することができなかった。

エ 平成六年一〇月一八日(火)について

原告は、同日、腰痛により出勤できなかった。原告は、前日である同年一〇月一七日に高橋医師による腰痛治療を受けるために上京していたが、同年一〇月一八日朝、神戸検疫所に対して、引き続き腰痛で出勤できないことを連絡した。原告が休暇簿に記入をしていないのは単に失念したためである。

オ 平成六年一〇月二八日(金)について

原告は、同日、腰痛により出勤できず、事前に神戸検疫所に対して電話でその旨連絡した。原告が休暇簿に記入していないのは、単に失念したためである。

カ 平成六年一一月八日(火)について

原告は、同日、腰痛により出勤できず、同日朝、神戸検疫所に対してその旨連絡した。休暇簿に記入していないのは、単に失念したためである。

キ 平成七年二月六日から同月一四日までの合計七日間について

被告は、原告が平成七年二月六日から同月一四日までの合計七日間出勤しなかったことを休暇請求のない欠勤としているが、原告は右七日間について年次休暇の請求をしたにもかかわらず、それを不承認とされたものである。

原告が年次休暇を請求したことは、原告が、平成七年二月六日、滞在していたアメリカ合衆国のワシントンDCのホテルから神戸検疫所に送信したファックスの文面に「海外渡航申請書ですが、インフルエンザで神戸に行けなかったこともあり、提出していませんが、神戸検疫所に行ったときに処理をすればよいのではないかと思っています。」との記載があり、海外渡航が公務ではない以上、それは年次休暇を使用することが当然の前提となるから、原告の年次休暇の請求の意思は右ファックスにより明白であること及び同日の宮城総務課長と原告との電話での会話において宮城課長が「休暇申請も出さず、また海外渡航承認もなく旅行するとはどういうことですか」と質問したのに対し、原告が「休暇も海外渡航申請も帰国後出すつもりだ」と返答していることから明らかである。

これに対して、林所長は原告に対して「帰国命令等」と題する文書を送付して帰国を命じたのであり、これは原告の年次休暇の請求に対する不承認の意思表示である。

年次休暇の請求は公務の運営に支障のある場合を除いて承認されなければならない(勤務時間法一七条三項)が、右期間は阪神大震災によって神戸港の機能が破壊され、検疫業務が全くなくなっていたのであるから、原告が年次休暇を取得することで神戸検疫所の公務の運営に支障を来すことは全くなかったのであり、右年次休暇の請求は承認されるべきものであった。したがって、林所長が右年次休暇の請求を不承認とした措置は違法である。

また、原告が右期間の年次休暇の請求について休暇簿に事前に記入しなかったことは認めるが、人事院規則一五‐一四(職員の勤務時間、休日及び休暇)二七条一項ただし書には、「病気、災害その他やむを得ない事由によりあらかじめ請求できなかった場合には、その事由を付して事後において承認を求めることができる。」と規定されており、原告は同年二月三日まで後記(第三、二、2、(一)、(2)、オ)のとおり急性気管支炎、急性胃腸炎の療養のため出勤できなかったこと、その後原告は、アメリカ合衆国で講演を行うことを予定していたので、神戸に出勤して年次休暇の請求を行う時間的余裕がなかったこと及び原告はアメリカ合衆国から同月六日に前記のとおりファックスで連絡をしていることからして、右やむを得ない場合に該当する。原告は、帰国して神戸検疫所に出勤した同月一五日以降も休暇簿に記入していないが、これは休暇簿を管理している國生庶務係長から、「請求しても無理ですよ。」と言われたためである。そもそも休暇簿への記入自体が事務手続き上の事柄に過ぎず、殊更問題とするに値しない。

したがって、原告が右期間の年次休暇の請求について休暇簿に事前に記入しなかったことを理由に不承認とすることは許されない。

(2) 休暇の請求が不承認となった欠勤について

ア 原告の腰痛の治療又は療養を理由とする病気休暇の請求について

平成六年一〇月三一日(月)、同年一一月一日(火)、同年一一月四日(金)、同年一一月七日(月)、同年一一月一一日(金)、同年一一月一四日(月)、同年一一月一八日(金)、同年一一月二一日(月)、同年一一月二五日(金)、同年一一月二八日(月)、同年一二月二日(金)、同年一二月五日(月)、同年一二月七日(水)、同年一二月九日(金)、同年一二月一二日(月)同年一二月一六日(金)、同年一二月一九日(月)、同年一二月二六日(月)及び同年一二月二八日(水)については、原告が腰痛の治療又は療養のために出勤できなかったものであって、それは療養のため勤務しないことがやむを得ないと認められる必要最小限度の期間である。これらの点は、高橋医師作成の平成六年一〇月一一日付け診断書(乙第五号証)のほか、宮城総務課長が同月一七日付けでした照会に対する高橋医師の回答書(乙第七号証)によって明らかである。

それにもかかわらず、林所長及び宮城総務課長は、原告に対し、重ねて医師による療養証明書の提出を求め、原告がこれを拒否したことを口実に、右期間についての原告の病気休暇の請求を不承認としたのであり、不当である。

被告は、神戸にも腰痛の治療に適した病院が多数あると主張しているが、原告がどの医療機関で腰痛の治療を受けるかは自由に選択できることである。原告が高橋医師を選択したのは、同医師が古くからのかかりつけ医であり、原告の過去の病状等を熟知し、治療も優れ、信頼関係があったからであり、同医師の治療を受ける特別の必要性があったものである。また、被告は金曜日及び月曜日に診療を受けることを非難するが、原告は東京に病身の母を残しているので、その看護等のために土曜日及び日曜日は必ず東京に戻る必要があり、それとの関係から、金曜日及び月曜日に治療を受けることが合理的である。被告は、神戸市内の病院で受診することができると主張しているが、林所長はそのために必要と見込まれる時間分すら承認していない。これは原告の腰痛が詐病であることを前提とした判断であり、不当である。さらに、被告は、高橋医師が土曜日も診療を行っていることから土曜日に治療を受けるべきであると主張するが、原告の受けている腰痛の治療は治療と治療の間に二日間又は三日間の間隔を置く必要があり、土曜日の受診は相当ではない。

また、被告は原告の腰痛治療のための病気休暇の請求に不自然な点があるとして、原告が私的目的で海外渡航した事実を上げているが、腰痛を患っているからといって休暇を取って海外旅行に行ってはいけないということはないのであるから、被告の右主張は不当である。また、林所長は平成六年六月六日から同年一〇月二四日までは原告の腰痛治療のための病気休暇の請求をすべて認めていたにもかかわらず、同年一〇月三一日の分から突然認めなくなったものであり、そこに合理的理由はなく、右不承認は恣意的になされたものといわざるを得ないし、そもそも原告の腰痛の原因は林所長の原告に対する虐待によるストレスであるので、その原因を作った者が原告の病気休暇の請求を不承認とすることは不当である。

イ 原告の歯の治療を理由とする病気休暇の請求について

平成六年一一月一五日(火)、同年一一月二二日(火)、同年一二月六日(火)、同年一二月二七日(火)は、原告が歯の治療のために出勤できなかったものであって、それは療養のため勤務しないことがやむを得ないと認められる必要最小限度の期間である。このことは、細野純歯科医師作成の同年一一月八日付け診断書(乙第六号証)により十分証明されている。

被告は、右期間が療養のため勤務しないことがやむを得ないと認められる必要最小限度の期間とは認められない旨主張し、その理由として前記(第三、二、1、(一)、(2)、イ)のとおりの主張をするが、それに対する原告の反論は、前記(第三、二、2、(一)、(2)、ア)と同様である。

ウ 原告の高コレステロール血症の治療を理由とする病気休暇の請求について

平成六年一二月八日(木)は、原告が虎ノ門病院で高コレステロール血症の治療を受けるために出勤できなかったものであって、それは療養のため勤務しないことがやむを得ないと認められる必要最小限度の期間である。

被告は、右期間の原告の高コレステロール血症の治療の必要性について診断書等の証明書類の提出がないことを不承認の理由としているが、診断書等の提出が要求されるのは一週間を超える病気休暇を承認する場合であり(職員の勤務時間、休日及び休暇の運用について(通知)(平成六年七月二七日職職第三二八号事務総長))、原告のした前記病気休暇の請求はこれに該当しないので、被告の主張は不当である。

エ 原告の養母の法事への出席を理由とする特別休暇の請求について

原告は、平成六年一一月二日、原告の亡養母を追悼するために親族が集まる特別の食事会に出席するために出勤することができなかったものである。これは特別休暇の要件を満たしている。

原告は、國生庶務係長から、右特別休暇の請求について戸籍謄本の提出を求められ、それを提出しなかったことが、それは本籍地が和歌山県であったため、戸籍謄本を取得するためには欠勤しなければならない旨を國生庶務係長に告げたところ、同人がそれは困る旨原告に言ったので、提出していなかったものであり、原告が戸籍謄本の提出を拒否したのではない。

右特別休暇の請求を不承認としたのは、林所長の原告に対する虐待であって、不当である。

オ 原告の急性気管支炎、急性胃腸炎の治療及び療養を理由とする病気休暇の請求について

原告は、平成七年一月四日から同年二月三日までの二二日間、急性気管支炎及び急性胃腸炎の治療及び療養のため出勤することができなかったものであり、それは療養のため勤務しないことがやむを得ないと認められる必要最小限度の期間である。

被告は、右期間に係る原告の平成七年二月一六日付けの病気休暇の請求を不承認とした理由として、休暇の事後請求が著しく遅れたことを上げているが、原告は右期間の病気休暇について事前に電話で連絡していること、請求が遅れた期間は一〇日間と短期間であること及び事後請求が遅れたことは不承認とする理由となり得ないことから、被告の右主張は不当である。

(3) 遅刻及び早退による欠勤について

被告は、前記(第二、一、4、(三))のとおり、原告が合計一四五時間四五分間について遅刻及び早退により勤務を行わなかったことについて懲戒事由に該当する旨主張する。

確かに、厚生省の職員の勤務時間は、厚生省職員の勤務時間訓令によれば月曜日から金曜日までの午前八時三〇分から午後五時までとされているが、実際には全く守られていないのであって、右事実を原告に対する懲戒事由とすることは不当である。

(二) 本件懲戒事由その二(無承認海外渡航)について

海外渡航の自由は憲法二二条で保障された権利であり、国公法にも人事院規則にもこれを制限する規定はなく、国家公務員である原告が海外渡航することが自由であることは明らかである。したがって、厚生省の職員の海外渡航の自由を制限した厚生省職員の海外渡航に関する訓令は、憲法二二条に違反して無効である。

また、厚生省職員の海外渡航に関する訓令は厚生省内部では有名無実化した規定であるので、右訓令違反を根拠に原告を懲戒処分とすることは、憲法三一条、国公法七四条一項に違反して許されないものである。

したがって、原告が厚生大臣の事前の承認を受けずに本件海外渡航を行ったことは、職務上の義務違反や職務懈怠に当たらず(国公法八二条二号)、また、国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行(国公法八二条三号)にも当たらず、懲戒事由に該当しない。

また、林所長は、原告が、まだ急性気管支炎、急性胃腸炎から完全に回復しておらず、阪神大震災によって医療体制が破壊されてまだ復旧していない神戸に呼び戻せば有害であることを熟知していながら、原告に対して帰国命令を発したものであり、不当である。

(三) 本件懲戒事由その三(職務行為の拒否及び勤務時間不遵守の宣言等)について

職務に専念しないこと及び上司の職務命令に従わないことを公言することは懲戒事由には該当しない。

また、原告は検疫課長であったが、自ら必ず検疫班編制に加わり臨船検疫及び予防接種そのものを行わなければならないということはないのであるから、原告が右業務を行わなかったことは懲戒事由に該当しない。

(四) 本件懲戒事由その四(職務専念義務違反及び命令不服従の反復)について

被告の主張(第三、二、1、(四))にかかる新聞雑誌の記事が掲載された事実及びそれらが原告が取材に応じた結果掲載されたものであることは認める。

しかし、原告の執筆活動及びその他雑誌、新聞に原告の発言が掲載されたことによる原告の官僚制度批判は、本来自由にされるべき批判及び議論の範囲内のものであり、なんら官僚の信用を傷つけるものではなく、信用を失墜するものでもないので懲戒事由に該当しない。

三  本件懲戒処分は公正な告知と聴聞の手続を欠いているか否か(争点3)について

1  原告の主張

憲法三一条(適正手続の理念)及び国公法七四条一項(公正原則)に照らせば、国家公務員に対して懲戒処分を行うためには懲戒処分の程度及び内容に応じた適正かつ公正な手続が必要である。

懲戒免職処分は国家公務員の国家公務員たる身分をはく奪する、懲戒処分中最も重い処分であり、国民全体の奉仕者として完全に失格であるとの烙印を押すに等しいものであって、著しく不名誉なものであり、二年間官職に就くことが制限され(国公法三八条)、恩給が支給されず(恩給法五一条)、退職共済年金の職域加算額が減額され(国家公務員共済組合法九七条一項)、退職手当が支給されない(国家公務員退職手当法八条一項)などの不利益な法的効果が伴う重大な処分であるので、その処分を行う場合には、具体的に被処分者に処分内容を告知し、被処分者からの弁解等を聴聞する手続(以下「告知・聴聞手続」という。)が行われなければならず、告知・聴聞手続が行われたか否かが、懲戒事由の認定に影響を及ぼし、懲戒の内容に影響を及ぼす可能性のある場合に告知・聴聞手続が行われなかったならば、処分は違法である。

そして、行政手続法一三条一項一号ロは、一般の国民に対する行政処分のうち「名あて人の資格又は地位を直接にはく奪する不利益処分をしようとするとき」には、聴聞の手続が必要であるとしており、懲戒免職処分は右不利益処分に相当するものであり、国家公務員に対する処分についても一般国民に対する処分と同等以上の手続的保障が与えられる必要があるので、国家公務員に対して懲戒免職処分を行うには、同法一七条以下に規定する聴聞の手続に準じた手続が必要であると解するべきである。

そして、同法一五条以下に規定する聴聞の手続の趣旨から、国家公務員に対して懲戒免職処分を行う場合には、次の①から⑤までの手続を行う必要がある。

① 聴聞手続から相当の期間以前に、被処分者に対して、懲戒免職処分が予定されていること、右処分の根拠となる法的根拠(該当する国公法八二条の号数及び一号に該当するという場合には違反したとする国公法又はこれに基づく命令の条項)及び右処分の理由となる具体的事実を書面にて通知すること

② 処分の理由となった事実を裏付ける資料を被処分者に閲覧させること

③ 公平な立場にあるものを聴聞の主催者とすること

④ 審理の場において、被処分者に十分反論及び反証の機会を与えること

⑤ 代理人の選任を許すこと

本件懲戒処分は、前記(第二、一、8)のとおりの理由で行われたものであるが、原告は、本件懲戒処分に係る懲戒事由をあらかじめ告知されていれば、病気休暇・年次休暇の要件を満たしていたこと及び林所長が違法に承認を拒否したこと並びに林所長等の命令は適法な職務上の命令ではなく、原告に対する虐待及び退職強要の手段であったことを主張し、結論に影響を及ぼしたはずであるので、告知・聴聞手続が必要な場合であった。

原告は本件事情聴取を受けたが、本件事情聴取に先立ち原告に対して懲戒免職処分が予定されていることは告知されておらず、また、本件事情聴取を行った宮城総務課長は本件懲戒事由その三(職務行為の拒否及び勤務時間不遵守の宣言等)における当事者であるので公平な聴聞の主催者とはなりえない者であり、本件事情聴取は原告に対して懲戒免職処分を行うに当たり必要とされる聴聞手続に該当するものとはいえない。その他に本件懲戒処分に先立ち原告に対して聴聞手続は行われていない。

したがって、本件懲戒処分は、告知・聴聞手続を経ずに行われたものであり、手続に著しい瑕疵があり重大かつ明白な違法があって無効であり、又は違法であるので取り消されるべきである。

2  被告の主張

行政手続法三条一項九号は、公務員の職務又は身分に関してされる処分を同法の適用外としている。これは、公務員は通常の国民とは異なり、単に行政処分の客体となりうるにとどまらず、一方で公務執行の主体としての地位を有する者であり、公務員に対して監督的な立場から行われる国等の行為については、一般に国民に対する手続的な保障を規律する行政手続法を直接適用することは適当ではなく、また、公務員に対する処分等に適した手続の整備については、必要に応じ、公務員管理の基本法である国公法、地方公務員法の体系の中で適切に処理されればいいという考え方に基づくものである。したがって、国家公務員に対する不利益処分を行う場合の手続について行政手続法が準用されるとの原告の主張は、失当である。

国公法では、職員に対し、その意に反して免職等の処分を行う場合には、その職員に対し、その処分の際に処分の事由を記載した説明書を交付すること並びにその説明書には当該処分について人事院に対して不服申立てをすることができる旨及び不服申立期間を記載しなければならないとされているにとどまり(国公法八九条一項及び三項)、懲戒処分を行うに際して告知・聴聞手続を行うべき旨を規定していないのであるから、告知・聴聞手続を行うか否かは処分を行う行政庁の裁量に任されていると解するべきである。

そこで、いかなる場合に告知・聴聞手続を行うべきかということが問題となるが、懲戒免職処分の不利益処分としての性質にかんがみると、処分の基礎となる事実の認定については被処分者の権利の保護に欠けることのないように適正及び公正な手続によることが必要であるので、告知・聴聞手続を行うことにより処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし、ひいては処分の内容に影響を及ぼす可能性がある場合には、告知・聴聞手続を行うべきである。

本件懲戒処分は、平成七年二月一五日に宮城総務課長が原告から事情聴取を行った上でされたものであり、処分の基礎となる事実は前記(第二、一、8)のとおり、職務専念義務違反、法令及び上司の命令に従う義務違反及び信用失墜行為を行ったことであり、これらはそれまでの事実経過及び各種資料によって優に明白に認められる事実であり、本件懲戒処分について原告に対して告知・聴聞手続の機会を与えても、事実の認定が覆る可能性があったものとは認められず、告知・聴聞手続の機会を与えるべき場合ではなかったものである。

したがって、特に原告に対して告知・聴聞手続の機会を与えずに行われた本件懲戒処分の手続は適法である。

四  処分説明書に記載された理由が著しく不備であるか否か(争点4)について

1  原告の主張

国家公務員の懲戒処分にかかる処分説明書には処分の事由を記載することが必要である(国公法八九条一項)。

処分説明書の様式及び記載(通知)(昭和三五年四月一日職職第三五四号事務総長)によれば、処分説明書には「根拠法令」欄に処分の根拠となる法令の条、項及び号を記入し、「処分の理由」欄に処分の理由を具体的かつ詳細に事実を挙げて記載しなければならない。

この趣旨は、①処分を受けた職員に処分理由を熟知させ、不服申立ての資料と機会を与えること、②憲法三一条及び国公法七四条一項の趣旨から、処分者の恣意を抑制し、処分すべきか否か、いかなる処分をすべきかについての公正、適正を担保し、国家公務員の身分を保障するために、処分者に処分に先立って具体的かつ詳細な理由を記載するために必要な事実調査及び証拠収集を行わせることである。

右趣旨からすれば、処分説明書に記載すべき処分事由は、具体的で明確でなければならず、事実関係の同一性を識別できる程度に記載しなければならない(大阪高等裁判所昭和四七年二月一六日判決・判例時報六七九号七八頁参照)。

そして、被処分者が処分の基礎となる事実自体を争っている場合には、処分者が処分事実を認定した根拠を信憑力のある資料を摘示して具体的に明示すべきであり、被処分者と法的評価を異にして処分をする場合には評価判断に至った過程自体については具体的に説明する必要がある(東京地方裁判所平成五年三月二六日判決・判例時報一四七四号四五頁参照)。

本件懲戒処分の処分説明書には、根拠法令欄に「国家公務員法八二条各号」と記載され、処分の理由欄には、前記(第二、一、8)の①から④までの事実が記載され、そのすべてが国公法及び関係法令に違反する旨記載されている。

しかし、それぞれの事実が国公法八二条のいずれの号に当たるか記載がなく、同条一号に該当するという場合に違反したとする国公法及びそれに基づく命令の条項も具体的に特定されていない。

本件懲戒事由その一(欠勤等)については休暇の承認を受けずに欠勤したとする日及び時間についての記載がなく、また、原告は無断で欠勤したことはなく、病気休暇、年次休暇の実質的要件を満たして、病気休暇の場合は医師の診断書も添えて、事前事後に承認申請をしたのに林所長が違法に承認を拒絶した場合であるので、その点を明らかにすべきであるのに、「休暇の承認を得ることなく」との記載については、申請を全くしなかったのか、申請はあったが承認をしなかったのかが明らかではなく、承認しなかった場合であるならば、承認を拒否した根拠について客観的資料に基づいて具体的に説明すべきであったのにそれをしていない。

本件懲戒事由その一(欠勤等)及び本件懲戒事由その三(職務行為の拒否及び勤務時間不遵守の宣言等)については、原告は、林所長、宮城総務課長の指導、注意、命令は「職務上」の命令ではなく、原告に対する理由のない虐待と退職強要の手段として利用された違法、不当なものであると主張していたのであるから、懲戒事由を具体的に明らかにすべきであるのに、上司の注意、指導、命令のなされた日時、場所、内容についての具体的特定がない。

本件懲戒事由その四(職務専念義務違反及び命令不服従の反復)についてはいつ、どこで、どのようにして、何をしたかの具体的記載がない。

したがって、本件懲戒処分は憲法三一条、国公法七四条一項、八九条一項に違反する手続上の著しい瑕疵があるというべきもので、重大かつ明白な違法があるので無効であり又は違法であるので取り消されるべきである。

なお、右違法は、審査請求に対する人事院の裁決により具体的処分事由等が明らかにされたとしてもそれにより治癒されるものではない(最高裁判所昭和四九年四月二五日判決・民集二八巻三号四〇五頁参照)。

2  被告の主張

国公法八九条一項は、懲戒処分を行うに際して、処分説明書の交付を要する旨規定しているが、これは処分の公正を確保するとともに、処分を受けた職員に処分理由を明らかにして、不服がある場合には人事院に対する審査請求などの法的救済の資料と機会を与え、よって職員の身分を保障することを趣旨とするものであるので、処分説明書の処分事由たる具体的事実は、事実関係の同一性を識別できる程度に記載されることが必要であり、かつその程度で足り、被処分者によって反復継続的に行われたものについてはその個々の事実経過を羅列的かつ網羅的に列挙することを要しないものと解するべきである。

本件懲戒処分の処分説明書の記載のうち、原告の休暇の請求を不承認とした点については休暇簿の記載により一見して明らかであり、職務命令の点については、原告に対して口頭又は必要に応じて文書を交付することにより行われたものであるので、本件懲戒処分の処分説明書の処分事由の記載によって、原告は処分事由となった事実関係の同一性を直ちに識別できるものである。また、職務に専念しなかったこと及び命令に従わなかったことを公言したとの事実については、原告自身が意図的に長期間にわたって反復継続して行ったものであるので、いずれも本件懲戒処分の処分説明書における処分理由の記載によって原告は処分事由となった事実関係の同一性を識別できるものである。したがって、本件懲戒処分の処分説明書の記載は、原告がその事実関係の同一性を識別できる程度の説明が記載されているというべきであるので、何らの瑕疵はなく、本件懲戒処分に係る手続はこの点においても適法である。

五  処分説明書の記載による処分理由は明らかに懲戒事由とはなり得ないものが含まれているか否か(争点5)について

1  原告の主張

国家公務員は法律に定められた事由による場合でなければ、その意に反して免職されることはない(国公法七五条一項、三三条三項)。懲戒免職となり得る懲戒事由は国公法八二条一号から三号までの各事由である。

本件懲戒処分の処分説明書には処分の理由欄に本件懲戒事由その二(無承認海外渡航)が記載されている。

しかしながら、海外渡航の自由は憲法二二条で保障された権利であり、国公法にも人事院規則にもこれを制限する規定はなく、国家公務員である原告が海外渡航することが自由であることは明らかである。したがって、厚生省の職員の海外渡航の自由を制限した厚生省職員の海外渡航に関する訓令は憲法二二条に違反して無効である。

このことは本件海外渡航が職務上の義務違反や職務懈怠(国公法八二条二号)に当たらず、また、国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行(国公法八二条三号)にも当たらないということを意味し、したがって、本件海外渡航は懲戒事由に該当しないことが明らかである。

また、本件懲戒処分の処分説明書には処分の理由欄に本件懲戒事由その一(欠勤等)及び本件懲戒事由その三(職務行為の拒否及び勤務時間不遵守の宣言等)が記載され、いずれも原告が上司の指導・注意に従わなかったことが記載され、懲戒事由とされている。国家公務員は上司の職務上の命令に従うべき義務はあるが(国公法九八条)、上司の指導、注意に従う義務は法定されていないので、これは国公法八二条二号に該当せず、懲戒事由には当たらないことが明らかである。

したがって、本件懲戒処分は、その手続に著しい瑕疵があるというべきもので、重大かつ明白な違法があるので無効であり又は違法であるので取り消されるべきである。

2  被告の主張

原告の本件海外渡航は事前に承認を受けておらず、厚生省職員の海外渡航に関する訓令に違反しており、海外渡航中の欠勤は国公法一〇一条に違反し、林所長が原告に対して平成七年二月六日付けで行った帰国命令に原告が従わなかったことは、国公法九八条に違反するものであるので、いずれも懲戒事由に該当する。

右厚生省職員の海外渡航に関する訓令は、国家公務員たる厚生省の職員は、国公法九六条が「すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行に当たっては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。」と規定していることに照らして、服務について一般の職業人とは異なる心構えが求められており、たとえば休暇中といえども職員という身分から生ずる服務上の義務を負うものであり、実際に公務に支障が生じた場合は命令により勤務に服する必要が生ずることもあること及び国家行政組織法一〇条に「各大臣、各委員会の委員長及び各庁の長官は、その機関の事務を統括し、職員の服務について、これを統督する。」と規定されていることに照らして、厚生大臣は厚生省に属する職員の服務を統督する職務を負っており、職員が長期にわたり、統制の及び難い海外へ旅行するような場合には事務の統括に支障が生じるおそれもあり、その服務を統督する立場からその目的及び滞在先を十分に把握し、万一に備えておく必要があるという合理的理由によって、国家行政組織法一四条二項に基づいて発せられたものであり、憲法二二条に違反するものではない。

また、処分説明書に記載された原告に対する注意及び指導は、職務命令に先立って、何度も注意及び指導が行われたが、原告がそれに従わず、その後出された職務命令に従わなかったという事実経過を説明するものであり、原告が注意及び指導に従わなかったことを直接の処分理由とする趣旨ではないので、注意及び指導に係る事実が処分説明書に記載されているからといって、処分説明書の記載が違法となるわけではない。

六  本件懲戒処分が考慮すべきでない事実を考慮して行われたものか否か(争点6)について

1  原告の主張

本件懲戒処分が行われた背景には以下(一)から(五)の事情がある。

(一) 原告の執筆活動

(1) 原告は平成三年四月ころ、「月刊Asahi」の同年六月号に投稿を行い、それ以後、執筆活動を続けた。

(2) 原告は右投稿に係るゲラ刷りを事前に主要な厚生省の幹部に見せたが、その際、同幹部は、「輪転機を止められないのか。」と言った。

(3) 前記(第二、一、2)のとおり、原告は「お役所の掟」及び「お役所のご法度」と題する書籍の著者であり、原告はそれらの書籍を厚生省の職員であった時に執筆した。

(4) 「お役所の掟」は約四四万部出版された。「お役所のご法度」の発売日は本件懲戒処分の翌日であった。「お役所のご法度」は約二〇万部出版された。両書籍は、原告が厚生省の職員という立場で、その内部から、行政組織及び運営の実態を観察し、それが非能率的及び旧態依然的であることを記述したものであった。両書籍の記述内容は多くの国民の関心を集め、それにより行政改革の推進及び官僚制度批判の世論の形成が促進された。原告が「お役所の掟」を執筆、出版したことは官僚の逆鱗に触れるところとなり、原告が本件懲戒処分を受ける遠因となった。

(二) 厚生省幹部等の原告に対する発言

原告の直属の上司や人事権を有する厚生省の幹部ら及び林所長は、原告に対して次のような発言をした。これらの発言は国公法が禁止している政治的意見による差別(同法二七条一項、一〇九条)であり、違法な退職強要である(同法三九条一号、一一〇条一項八号)。

(1) 原告の直属の上司や人事権を有する厚生省の幹部らは、原告に対して、「ポリシーだかなんだか知らないけど、言いたければ外に出てからにしろ。外に出れば何を言っても書いてもいいのだ。」、「(君に)先憂後楽の喜びが分からないというなら、役人の資格はない。」、「君の考え方は我々の組織にはなじまないのだよ。だからさっさと辞めて欲しいのだ。」、「大きな口をたたくな。外に出て好きなことを言えばいいんだ。」、「何しろ賄賂でももらわない限り俺たちはおまえを首にできないのだ。だから早い時期に辞表を提出して欲しい。」、「一体いつになったらおまえは辞めるのだ。いい加減にしろ。周りの迷惑も考えたらどうだ。」、「三月には辞めるようにしたらどうだ。それだったら検疫課長の肩書きを使ってもいい。」、「おれが就職先を捜してやってもいい。」、「君は役所にいても先がない。開業でも考えたらどうかね。」、「君は役所にとって一番いて欲しくない人間だ。君が辞めるといえばみんな諸手をあげて賛成する。」、「役所を辞めるといっておきながら、おまえはいつまでたっても辞めないじゃないか。どういうつもりなんだ。」、「君の将来のことだが、どういうつもりだ。」「で、いつ辞めるのだ。」、「ところで君も国家公務員なのだから異動となることも考えておかねばならない。」との発言をした。

(2) また、林所長は原告に対して「いいか、おまえを必ず懲戒免職処分にしてやるからな。覚悟しておけ。」との発言をした。

(三) 原告に対するいやがらせ

原告が神戸検疫所に赴任する以前は厚生省の幹部らが、原告が神戸検疫所に赴任した後は林所長及び宮城総務課長が原告に対して以下のようないやがらせを行い、原告を退職させようとした。

(1) 厚生省幹部は、職員に対して原告と交際してはならないと指示を出し、原告を擁護するような発言を行った職員に対しては「おまえも甲野と同じ運命をたどりたいのか。」と言って脅迫し、原告を疎外した。

(2) 厚生省の幹部らは原告の母校である日本大学医学部に対して圧力をかけた。

(3) 厚生省の幹部らは、原告の家庭の事情を知っていながら、あえて遠隔地の神戸検疫所に移動させ、しかも慣例に反してそのことを発令直前まで原告に内示しなかった。神戸検疫所検疫課長という役職はそれまでの原告の経歴(前記第二、一、1、(一))からすれば明らかな降格人事であり、原告が赴任する以前は神戸検疫所長が兼任していた不要かつ無駄な役職であった。また、その当時の神戸検疫所長であった林所長は「甲野など絶対欲しくない」と公言してはばからない人物であった。

(4) 林所長及び宮城総務課長は、原告に対して、八時三〇分に出勤し、総務課で出勤簿に押印することを命じたが、そのような命令は通常管理職には発せられないような命令であり、また、私用電話、私用ファックス及び私物の持込みを禁止し、実際に原告あてのファックスを無断で破棄し、原告を徹底的に管理しようとした。

(5) 林所長は、原告に対して、現場業務に従事するように命じたが、それは原告の経歴や課長という地位にはおよそふさわしくないものであった。

(四) 無断欠勤のねつ造

林所長は、厚生省幹部らの了解の下、原告の無断欠勤の事実を以下のようにねつ造し、原告の無断欠勤の既成事実を積み重ね、原告を懲戒処分にするための理由を作り上げた。

(1) 原告が自分の部下に本省に行くことを告げて出勤しなかったことがあったが、部下から総務課に連絡がなかったとの理由でそれを無断欠勤とした。

(2) 原告が腰痛の治療を理由に診断書を提出して休暇の請求をしたが、林所長は診断書を無視し、それを仮病と決めつけてそれを承認しなかった。

(3) 管理職であれば出勤時間が午前一〇時であってもとがめないのが慣例であるのに、原告については八時三〇分から実際の出勤時間まで五分刻みで厳格に遅刻扱いとした。

(五) 阪神大震災を利用した懲戒事由の作出

厚生省の幹部ら及び林所長は、原告を懲戒免職とするために、阪神大震災を利用して原告の懲戒事由を次のように作出した。

(1) 原告はワシントンDCのナショナルプレスクラブ等において、日本の官僚制度についての講演を依頼され、平成七年二月五日から講演することを予定していた。平成七年一月ころから原告は急性気管支炎、急性胃腸炎にり患し、右講演を行うことは無理かもしれないと思っていたが、平成七年一月一七日阪神大震災が発生し、同震災の被害に対して我が国の行政組織が機能せず、そのことによって被害が拡大したことを見て、我が国の行政組織が災害に対して機能しなかったのは官僚制度に原因があり、それを改革しない限りそのような状況は継続し、将来の緊急事態に対しても再び同様の惨状が生じると思い、同震災の被災者のために原告ができることは何かを考えた結果、右講演を行うべきであるとの考えにいたった。原告の講演は右のようなボランティア精神に基づくものであった。

(2) 原告はワシントンDCに到着した同年二月五日、同所より、林所長に対して、ファックスにより、年次休暇及び海外渡航の承認申請を行った。原告が右承認申請を事前に行わなかったのは、事前に行っていても承認されなかったことが予測されたからである。厚生大臣及び厚生省の幹部らは、原告がアメリカに渡航した直後、「このような緊急事態に仮病を使って職場を放棄し海外講演に出かけた」との事実を歪曲した情報をマスコミに流し、原告に対する世論の批判をあおり、これに便乗して、原告が帰国してから九日間で、本件懲戒処分に関するすべての決裁手続を行い、原告に対して本件懲戒処分を行った。本件懲戒処分に係る決定は原告を懲戒免職処分にするという重大な決定であり、厚生省は意思決定をするのに多くの決裁が必要なことが多く、それに相当の時間がかかることが通例であるにもかかわらず、本件懲戒処分は異例の早さで決定された。本件懲戒処分は、阪神大震災という緊急事態の中で職場放棄をしたことを理由の一つとするが、阪神大震災発生後、神戸検疫所は、視察に訪れた被告や厚生省幹部の接待で忙しかったほかは、本来の検疫業務がなくなったことで暇であった。神戸検疫所検疫課長の役職は特に担当の業務がなかった役職であり、原告がその役職に就いた後も、原告に職務をさせる意図はなかったのであるから、阪神大震災発生後、原告が年次休暇を取ったとしても神戸検疫所の業務に何らの支障も生じなかったはずである。平成七年二月の時点では、原告はまだ急性気管支炎、急性胃腸炎が全快していなかったのであって、原告が阪神大震災により医療体制が破壊されまだ復旧していなかった神戸に滞在することは原告の健康上有害なことであり、医師である林所長はそれを承知していたはずである。

(六) 国家公務員に対する懲戒処分において、表面上は適法に見えても不公平な動機で処分したり、法の目的と異なる目的で処分することは、国公法七四条一項に照らして許されない(最高裁判所昭和四八年九月一四日第二小法廷判決・民集二七巻八号九二五頁参照)。

本件懲戒処分は、表面上は無断欠勤や海外渡航を理由として行われているが、前記(第三、六、1、(一)から同(五))の背景事情に照らしてみると、原告の表現の自由を抑圧し、国民の知る権利を妨害することを目的として行われたものである。すなわち、本件懲戒処分は、原告がそれまで行ってきた官僚制度の批判に対する報復措置であり、それ以後他の者が原告のように厚生省の内部事情を外部に発表する事を抑止することの手段として行われたものであり、同処分が破廉恥な行為をした者に対する処分であるという一般的印象を利用して、原告の社会的信用を失墜させ、原告の著書である「お役所の掟」が無価値なものであるという印象を広く広めようという意図の下に行われたものであり、その当時の行政改革及び官僚批判についての世論が高まることを妨害するために行われたものであり、官僚が行政改革及び官僚批判から自己を保身する手段として行われたものである。

このように本件懲戒処分においては、考慮すべきでない事実が考慮されたのであって、憲法二一条、国公法七四条一項に違反する重大な誤りがあるので本件懲戒処分は無効である。

2  被告の主張

右原告の主張(第三、六、1)のうち(一)、(1)、(3)の事実は認め、同(一)、(2)の事実は否認し、同(一)、(4)の事実のうち、原告が「お役所の掟」を執筆、出版したことは官僚の逆鱗に触れるところとなり、原告が本件懲戒処分を受ける遠因となったとの事実は否認し、その余は不知。

同(二)柱書の主張は争う。同(二)、(1)の事実のうち、原告の直属の上司や人事権を有する厚生省の幹部らが原告に対して、大要「(君に)先憂後楽の喜びが分からないというなら、役人の資格はない。」、「君の考え方は我々の組織にはなじまないのだよ。」、「何しろ賄賂でももらわない限り俺たちはおまえを首にできないのだ。」、「君が辞めるといえばみんな諸手をあげて賛成する。」、「役所を辞めるといっておきながら、おまえはいつまでたっても辞めないじゃないか。どういうつもりなんだ。」、「君の将来のことだが、どういうつもりだ。」「で、いつ辞めるのだ。」、「ところで君も国家公務員なのだから異動となることも考えておかねばならない。」との趣旨の発言をしたとの事実及び同(二)、(2)の事実のうち、林所長が「懲戒免職にしてやる。」との発言をしたとの事実は認め、その余は否認する。

同(三)柱書の主張は争う。同(三)、(1)、(2)の事実は否認する。同(三)、(3)の事実のうち、原告が神戸検疫所に異動となったことは認め、その余は否認する。同(三)、(4)の事実のうち、林所長及び宮城総務課長が、原告に対してのみ、八時三〇分に出勤し、総務課で出勤簿に押印することを命じ、私用電話、私用ファックス及び私物の持込みを禁止したことは認め、その余は否認する。同(三)、(5)の事実のうち、林所長が、原告に対して、現場業務に従事するように命じたことは認め、その余は否認する。

同(四)柱書の主張は争う。同(四)、(1)の事実のうち、原告が自分の部下に本省に行くことを告げて出勤しなかったことがあったこと、それを欠勤としたことは認め、その余は否認する。同(四)、(2)の事実のうち、原告が腰痛の治療を理由に診断書を提出して休暇の申請をしたこと、林所長がそれを承認しなかったことは認め、その余は否認する。同(四)、(3)の事実のうち、原告については八時三〇分から実際の出勤時間まで五分刻みで遅刻扱いとしたことは認め、その余は否認する。

同(五)柱書の主張は争う。同(五)、(1)の事実のうち、平成七年一月一七日阪神大震災が発生したとの事実は認め、その余は不知。同(五)、(2)の事実のうち、原告がワシントンDCに到着した同年二月五日、同所より林所長に対して、ファックスにより、年次休暇の請求及び海外渡航の承認申請を行ったとの事実は否認し、平成七年二月六日、林所長がワシントンDCにいた原告に対して「帰国命令等について」と題する書面をファックスで送信したことは認め、その余は不知。

同(六)の主張は争う。本件懲戒処分は、前記(第三、二、1、(一)から(四)まで)の事実を懲戒事由として行われたものであり、原告がアメリカ合衆国で行った講演や過去の原告の執筆活動における官僚制度批判を理由として行われたものではない。また、本件懲戒処分の真の目的が原告の表現の自由を抑圧し、国民の知る権利を侵害するものであるということはない。

七  本件懲戒処分が平等原則(憲法一四条、国公法二七条、同法七四条一項)に違反するものか否か(争点7)について

1  原告の主張

憲法一四条、国公法二七条、七四条一項により、国家公務員の懲戒処分において、特定の個人をいわれなく差別して不利益に取り扱うことは許されない。

厚生省の本省及び検疫所における職員の勤務時間は厚生省職員の勤務時間訓令によれば月曜日から金曜日までの午前八時三〇分から午後五時までであるが、その勤務時間は、実際には全く守られていない。

検疫所では、一週間に二日しか勤務しない医師を帳簿上常勤扱いにして全額給与を支払っている。これは虚偽公文書作成罪(刑法一五六条、一五五条)に該当する行為であり、違法な給与支払いとして国公法一八条に違反して同法一一〇条一項六号に該当する重大な違法行為である。しかるにそれらの重大な違法行為は不問に付し、他方、原告についてだけ厳格に勤務時間を守るように要求した上で、それを前提として無断欠勤、遅刻、早退の事実を懲戒事由とするのは、著しく平等原則に違反するものである。

また、前記(第三、六、1、(二)及び(三))のとおり、厚生省幹部は、組織的に、原告に対して退職を強要し、いわれなき差別取扱いを行ってきた。これらは、国公法三九条一号に違反し、一一〇条八号の罰則規定に該当する行為であり、また、国公法二七条に違反し、一〇九条八号の罰則規定に該当する重大な違法行為である。しかるに、これらの重大な違法行為は不問に付し、他方、原告に対して懲戒免職処分を行うのは著しい平等原則違反である。

2  被告の主張

厚生省本省及び検疫所に勤務する職員の勤務時間が全く守られていないという事実はない。ただ、厚生省本省の大多数の職員の勤務時間は、厚生部内に勤務する職員の勤務時間に関する訓令(昭和四四年三月二九日厚生省訓令八号、平成六年九月一日廃止)及び厚生省職員の勤務時間訓令四条の規定により、時差出勤となっている事実はある。

したがって、原告の主張のように、他の大多数の職員が勤務時間を守っていないということはなく、原告の主張は前提事実を欠き、理由がないものである。

八  本件懲戒処分が憲法一三条に違反するか否か(争点8)について

1  原告の主張

憲法一三条は自己及び家族の幸福や健康を追求する権利を当然に保障している。

本件懲戒処分は、原告が月曜日に遅刻したこと及び金曜日に早退したことを無断欠勤として懲戒事由とするものであるが、原告が月曜日に遅刻し、金曜日に早退したのは、病気の老母を介護する必要があるからである。すなわち、原告には兄弟がなく、原告が祖母及び実母の面倒をみる必要があり、アメリカ合衆国で順調にキャリアを積んでいた原告が帰国し、厚生省に入省したのは右事情によるものであり、神戸検疫所への異動を命じられた原告としては右事情から月曜日の遅刻及び金曜日の早退を林所長に申し出たが、それを大目に見ないことを宮城総務課長から告げられたので、その時間については減給の対象となることを認めたものである。

そうすると、本件懲戒処分は原告の老母の介護という動機そのものを非難し、制裁を加えたに等しいものであり、家族の幸福や健康を追求する権利を侵害するものである。

また、本件懲戒処分は原告の病気の治療又は療養のための休暇の請求が不承認とされた日についての欠勤を無断欠勤として懲戒事由とするものであるが、右該当日はいずれも原告が病気の治療又は療養をする必要があったのであり、そのために東京都内の診療機関を選択したのは、そこが従来から原告のかかりつけ医であり、さらに、当時、林所長らの原告に対する虐待行為によって連日睡眠薬を服用せざるを得ないほどの苛酷な職場での人間関係から逃避して、かろうじて自らの精神と肉体の崩壊を阻止するためにやむを得ずそうする他なかったものである。

そうすると、本件懲戒処分は、自己の健康の保持という動機そのものを非難し、制裁を加えたに等しいものであり、自己の幸福や健康を追求する権利を侵害するものである。

以上により本件懲戒処分は憲法一三条に違反する重大かつ明白な違法があるので無効であり、又は違法であるので取り消されるべきである。

2  被告の主張

本件懲戒処分は原告の非違行為が悪質、重大な義務違反であったことから行われたものであり、原告の老母の介護、自らの健康保持という原告の欠勤の動機そのものを非難したものではないから、憲法一三条に違反するという原告の主張は失当である。

原告の神戸検疫所への異動は原告の官僚制度批判の言論を理由としたものではなく、また、原告の遅刻及び早退は月曜日及び金曜日に限られたものではなく、日常的に繰り返していたのであるから、原告の主張する月曜日の遅刻及び金曜日の早退の理由そのものに信憑性がなく、利己的な意図で月曜日及び金曜日を出勤せずに済むように勤務地から離れた東京の医師による治療を選択したのであり、その選択がやむを得なかったかのような原告の主張は失当である。

九  本件懲戒処分が憲法三一条、三九条後段に違反するか否か(争点9)について

1  原告の主張

本件懲戒処分における懲戒事由のうち、平成六年中のものは、全て欠勤による減給又は林所長らによる口頭又は文書による注意等の措置が執られ、その際特に懲戒処分が検討されることなく、その都度、措置が完了したものである。したがって、一旦措置を完了した平成六年中の行為についてこれを情状としてではなく、再度懲戒処分の事由として取り上げることは一事不再理の法理に反し、同法理を規定した憲法三一条、三九条後段に違反するものである。

2  被告の主張

憲法三九条後段は、同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問えないと規定していることから明らかなように、あくまでも刑事責任に関するものであり、本件のような懲戒処分については適用されないことが明らかであり、憲法三一条から一事不再理の法理が導かれていないことも明らかである。

原告の主張する欠勤による減給は、一般職の職員の給与に関する法律一五条に基づいてその勤務しない時間について同法一九条に規定する勤務一時間当たりの給与額を減給して給与を支給したのであり、国公法八二条に規定する懲戒処分としての減給ではないので、再度、懲戒処分の事由として取り上げたとは言えない。また、林所長らによる口頭又は文書による注意等は、上級監督者としての部下職員に対する指導、監督上の措置であり、懲戒処分に関する措置を完了したわけではないから、再度懲戒処分の事由として取り上げたものとはいえない。

したがって、本件懲戒処分は適法であり、憲法三一条、三九条後段に違反するという原告の主張は失当である。

第四  争点に対する判断

一  本件懲戒処分の無効確認の訴えの適法性(争点1)について

行政事件訴訟法三六条にいう「当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない」場合とは、当該処分に基づいて生ずる法律関係に関し、処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟によっては、その処分のため被っている不利益を排除することができない場合はもとより、当該処分に起因する紛争を解決するための争訟形態として、当該処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟との比較において、当該処分の無効確認を求める訴えの方がより直截的で適切な争訟形態であると見るべき場合をも意味するものと解するのが相当である(最高裁判所平成四年九月二二日第三小法廷判決・民集四六巻六号一〇九〇頁参照)。

本件懲戒処分は免職処分であるから、原告は、本件懲戒処分が無効であることを前提として国を被告として国家公務員としての地位の確認を求める当事者訴訟を提起することが可能であり、原告が現に国家公務員としての地位を有することと本件懲戒処分(免職処分)とは通常両立せず(国公法三八条三号参照)、現に国家公務員としての地位にあることの確認を求めることによって本件懲戒処分に伴う法律上の不利益をすべて解消することができると解されることからすると、原告が現に国家公務員としての地位にあることの確認を求める訴えが、本件懲戒処分に起因する紛争を解決するためにより直截的な争訟形態であるというべきであるから、本件懲戒処分の無効確認を求める訴えは、行政事件訴訟法三六条の定める前記要件を欠き、不適法である(無効確認訴訟によらなければ処分の効力等の停止を求めることができないことは、右の判断を左右するに足りない。)。

よって、本件懲戒処分の無効確認を求める訴えは不適法である。

二  本件懲戒処分の取消しを求める訴えの適法性について

本件懲戒処分の取消しを求める訴えは審査請求に対する人事院の裁決(人事院の判定、人事院規則一三‐一(不利益処分についての不服申立て)六七条)を経た後でなければ提起することができない(行政事件訴訟法八条一項ただし書、国公法九二条の二、同法九〇条一項)。

本件懲戒処分の取消しを求める訴えは、訴え提起の時点では審査請求前置の要件を欠く瑕疵があったが、人事院は、平成八年九月二日付けで、原告の審査請求に対し判定をし、この判定は同月一八日原告に送達されたから、口頭弁論終結時までに右瑕疵は治癒され、本件懲戒処分の取消しを求める訴えは適法である(最高裁判所昭和二八年九月三日第一小法廷判決・民集七巻九号八五九頁参照)。

三  原告の懲戒事由の有無(争点2)について

1  本件懲戒事由その一(欠勤等)について

(一) 欠勤、遅刻、早退の事実

原告は、平成六年四月一日から平成七年二月一五日までの間において、前記(第二、一、4、(一)、(1)、同(2)、同(二)、(1)から同(5)まで)のとおり、合計五九日について正規の休暇の承認を受けることなく各日の勤務時間のすべてについて勤務せず、前記(第二、一、4、(三))のとおり合計一四五時間四五分について遅刻及び早退により勤務を行わなかった。

(二) 休暇の請求のない欠勤について

(1) 平成六年五月二日(月)、同年五月九日(月)、同年七月二九日(金)、同年一〇月一八日(火)、同年一〇月二八日(金)及び同年一一月八日(火)の合計六日間の欠勤について

原告は、平成六年五月二日(月)、同年五月九日(月)、同年七月二九日(金)、同年一〇月一八日(火)、同年一〇月二八日(金)及び同年一一月八日(火)の合計六日間について全日勤務せず、あらかじめ休暇簿に記入して所長に休暇を請求してその承認を受けることをせず、事後において承認を求めることもしなかった(第二、一、4、(一)、(1))。

ア 平成六年五月二日(月)及び同月九日(月)について

証拠(乙第二四号証から第二六号証まで)によれば、原告は、平成六年五月二日(月)及び同年五月九日(月)、厚生省の本省の課長に対し、原告の神戸検疫所への配置転換が不当なものである旨抗議するために神戸検疫所に出勤しなかったこと、原告は、あらかじめ右用件のため出勤しない旨を國生庶務係長に告げたこと、同庶務係長が右の用件は私用に当たり年次休暇を利用することが必要であるとしてその請求をするように促したが、原告は不当な人事に対する抗議は公務に当たるとして休暇簿に記入しなかったこと、以上の事実が認められる。

国家公務員が配置換(人事院規則八‐一二(職員の任免)五条四号、六条)が不当であるとして抗議を行うことは、私事に属し、職務の遂行には当たらず、勤務時間法一九条、人事院規則一五‐一四(職員の勤務時間、休日及び休暇)二二条所定の特別休暇の事由にも当たらない。したがって、右抗議のために出勤しないのであれば年次休暇を利用すべきものであるところ、原告は、その旨國生庶務係長から告げられたにもかかわらず、右の抗議が正当な権利行使であり、欠勤扱いにされるべきではないと考えて休暇簿に記入しなかったのであるから、原告には年次休暇を請求する意思はなかったものというべきである。

そうすると、原告は年次休暇を請求しないまま欠勤したというほかない。

イ 平成六年七月二九日(金)について

証拠(甲第二六号証の一(一六頁から一七頁まで)、乙第三号証、第四号証の一)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成六年七月二九日(金)、腰痛を理由として病気休暇を取得したい旨電話にて神戸検疫所に連絡し、出勤しなかったが、同日夜半から翌日(平成六年七月三〇日(土))早朝まで生放送で行われる「朝まで生テレビ」というテレビ番組に出演したこと、林所長は、このテレビ出演のことを知り、同年八月二日ころ、原告に対し、同年七月二九日の病休の請求があってもこれを認めない旨を告げたこと、そのため、原告は同日について休暇簿に病気休暇を請求する旨記入しなかったこと、以上の事実が認められる。

右の事実によれば、原告は腰痛を理由に出勤しなかったのに、その日の夜半から翌日早朝まで続くテレビ番組に出演していたのであるから、原告が平成六年七月二九日に腰痛のため勤務することができなかったとは認められず、病気休暇の要件を満たさなかったというべきであるから、林所長が原告が病気休暇を請求してもこれを承認する必要がないと判断したことは正当であり、原告は休暇の承認もないまま欠勤したというべきである。

ウ 平成六年一〇月一八日(火)、同年一〇月二八日(金)及び同年一一月八日(火)について

証拠(乙第三号証、第四号証の一、第五号証)によれば、原告は、平成六年一〇月二〇日に、同月五日一二時四五分から、同月七日まで、同月一一日、同月一四日、同月一七日、同月二一日及び同月二四日の各日について、腰痛を理由として病気休暇を請求し、いずれも林所長の承認を得たにもかかわらず、同月一八日については出勤しなかったのに病気休暇を請求しなかったこと、同月一八日は原告が右のとおり病気休暇を請求した日の前々日に当たり、原告が同月一八日について病気休暇を請求することを失念したとは考えにくいこと、原告は、同月二六日に、同月三一日以降五日分(同月三一日、平成六年一一月一日、同月四日及び同月七日)の病気休暇を請求したが、平成六年一〇月二八日については病気休暇を請求しなかったこと、原告は、右のほか、同年一一月二日について養母の法事を理由として特別休暇を請求しており、右の請求どおり病気休暇及び特別休暇が承認されれば、土曜日、日曜日及び文化の日(祝日)を含めて同年一〇月二九日から同年一一月七日まで一〇日間連続して休むことになり、同年一〇月三一日(月)と同年一一月一日(火)とを連続して腰痛を理由に病気休暇を請求していたことから、同年一〇月二八日については病気休暇を請求することを差し控えたものと考えられること、したがって、原告が同年一〇月二八日について病気休暇を請求することを失念したとは考えにくいこと、原告は、同年一一月八日(火)についても出勤しなかったのに病気休暇を請求していないが、右述べたことのほか、原告が同年一一月一〇日に同年一一月一一日以降の日について病気休暇を請求しているのに、同年一一月八日については病気休暇を請求していないことからすると、原告が同年一一月八日について病気休暇を請求することを失念したとは考えにくいこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、原告は同年一〇月一八日(火)、同月二八日(金)及び同年一一月八日(火)について正当な理由がなく欠勤したものということができる。

(2) 本件海外渡航中である平成七年二月六日から同月一四日までの合計七日間について

原告は、平成七年二月六日から同月一四日までの合計七日間、本件海外渡航をし、その間出勤しなかった(第二、一、4、(一)、(2))。

原告は、平成七年二月六日、滞在していたホテルから神戸検疫所にファックスを送信し、宮城総務課長に対し、電話で休暇の請求も海外渡航申請も帰国後出すつもりであると述べたことをもって、年次休暇の請求をしたものであり、これに対する林所長の帰国命令は年次休暇の不承認に当たり、右不承認は、不当であることを主張する。

原告は、平成七年二月六日、滞在していたアメリカ合衆国のワシントンDCのホテルから神戸検疫所に対し、「海外渡航申請書ですが、インフルエンザで神戸に行けなかったこともあり、提出していませんが、神戸検疫所に行ったときに処理をすればよいのではないかと思っています。」との記載があるファックスを送信しており(前記第二、一、6)、証拠(乙第一八号証)によれば、原告は、同日、電話で、宮城総務課長に対し、同課長の「休暇申請も出さず、また海外渡航承認もなく旅行するとはどういうことですか」との質問に対して「休暇も海外渡航申請も帰国後出すつもりだ」と返答していることが認められる。

右の事実によれば、原告が帰国後に右期間について年次休暇の請求等をする予定を告げたことは認められるものの、これをもってその請求等をしたものと解することはできない。

のみならず、前記(第二、一、6)のとおり、林所長は阪神大震災後の状況等を踏まえて、同日、原告に対し帰国命令をファックスで送信しており、後記のとおり、この帰国命令に裁量権の逸脱・濫用があるとはいえないから、原告は、右帰国命令に直ちに従うべき義務があったのに、これに従わなかったものである。

原告の前記主張は理由がなく、原告らは前記期間について欠勤したというほかない。

(三) 休暇の請求が不承認となった欠勤について

原告は前記(第二、一、4、(二)、(1)から同(5)まで)のとおり出勤せず、林所長はこれらについて原告がした休暇の請求を承認しなかった。

ところで、勤務時間法一八条は、「病気休暇は、職員が負傷又は疾病のため療養する必要があり、その勤務しないことがやむを得ないと認められる場合における休暇とする。」と規定し、人事院規則一五‐一四(職員の勤務時間、休日及び休暇)二一条は、「病気休暇の期間は、療養のため勤務しないことがやむを得ないと認められる必要最小限度の期間とする。」と規定し、同規則二五条は、「各省各庁の長は、病気休暇又は特別休暇(前条に規定するものを除く。第二十七条第一項において同じ。)の請求について、勤務時間法第十八条に定める場合又は第二十二条各号に掲げる場合に該当すると認めるときは、これを承認しなければならない。ただし、公務の運営に支障があり、他の時期においても当該休暇の目的を達することができると認められる場合は、この限りではない。」と規定し、同規則二七条一項は、「年次休暇、病気休暇又は特別休暇の承認を受けようとする職員は、あらかじめ休暇簿に記入して各省各庁の長に請求しなければならない。ただし、病気、災害その他やむを得ない事由によりあらかじめ請求できなかった場合には、その事由を付して事後において承認を求めることができる。」と規定し、同規則二九条一項は、「第二十七条第一項(…中略…)の請求があった場合においては、各省各庁の長は速やかに承認するかどうかを決定し、当該請求を行った職員に対して当該決定を通知するものとする。」と規定し、同条二項は、「各省各庁の長は、病気休暇、特別休暇(…中略…)について、その事由を確認する必要があると認めるときは、証明書類の提出を求めることができる。」と規定し、職員の勤務時間、休日及び休暇の運用について(通知)(平成六年七月二七日職職第三二八号事務総長)第一四の3は「各省各庁の長は、一週間を超える病気休暇を承認するに当たっては、医師の証明書その他勤務しない事由を十分に明らかにする証明書類の提出を求めるものとする。」と規定している。

これらの規定によれば、原告のした病気休暇の各請求について、原告が疾病のため療養する必要があり、勤務しないことがやむを得ないと認められること、請求に係る病気休暇の期間が、療養のため勤務しないことがやむを得ないと認められる必要最小限度の期間であることについて証明を要するが、これらの証明があった場合には、「公務の運営に支障があり、他の時期においても当該休暇の目的を達することができると認められる場合」であるとの証明のない限り、病気休暇の請求どおりに病気休暇が承認されたものと同様に取り扱うことを要するものと解するのが相当である。

右の見地から、原告のした病気休暇の各請求について右の各要件の証明の有無について以下検討する。

(1) 原告の腰痛の治療及び療養を理由とする病気休暇の請求について

証拠(甲五一号証、第五二号証、乙第三号証、第四号証の一及び二、第五号証、第七号証、第八号証)によれば、平成六年六月一三日付けの高橋医師作成の診断書には、原告の病状について「病名 腰椎間内障 頭書の疾病で平成六年六月五日発病 六月一〇日初診、当分の間、経過観察のため時折通院加療を必要とする。」と記載があること(甲第五一号証)、同年八月八日付けの高橋医師作成の診断書には、原告の病状について「病名 腰椎間内障 頭書の疾病で平成六年六月五日発病 通院加療を必要とする。」と記載があること(甲第五二号証)、同年一〇月一一日付けの高橋医師作成の診断書には、原告の病状について「一〇月三日急性発作有り、五日間安静療養し次第に疼痛軽減するも腰痛症状は椎間板ヘルニアに移行した感あり猶3ケ月間加療必要と認める。」と記載があること(乙第五号証)、原告の高橋整形外科医院は土曜日も診療を行っていること(乙第七号証)、原告の受診していた腰痛の治療及び療養を理由とする病気休暇の請求はすべて休日又は他の休暇の前後の日についてされ、結果的に連続休暇となるような形でされていること(乙第三号証、第四号証の一)、原告は、腰痛が発症したとする平成六年六月六日から同年九月一二日までの期間について、勤務を要する日が七一日間あるうち、日に換算して約三六日間もの期間その治療及び療養のために病気休暇を請求し、これを取得したこと(乙第三号証)、原告は、その直後である同年九月一五日から同年一〇月五日まで(同年一〇月五日は半日休暇)、特別休暇及び年次休暇を取得して私的目的のホンコン、フランス、イタリアへの海外渡航を行ったこと(乙第四号証の二)、原告は右の年次休暇の期間満了後もそのまま出勤せず、同年一〇月二〇日になって、同年一〇月五日一二時四五分から同年一〇月一一日までの三日間四時間一五分について腰痛を理由とする病気休暇の請求をしたこと(乙第四号証の一)、原告は同年一〇月一三日林所長から「勤務状況等について」と題する書面にて、「2、休暇承認について 全ての休暇は予め休暇簿に記入のうえ請求し、承認を受けなければならない。急病、災害その他やむを得ない事由があり、予め請求できなかった場合はその事由を付して事後速やかに承認を求めることとなっている。特に病気休暇の承認については、療養のため勤務しないことがやむを得ないと認められる必要最小限度の期間しか承認できない。毎週の月曜日及び金曜日の病気休暇の請求については、その間、療養している旨又は勤務軽減が必要である旨の医師の証明書を添付のうえ、病気休暇の請求をすること。」との厳重な注意を受けていたこと、宮城総務課長は、高橋医師に対し、平成六年一〇月一七日付けで原告の病状等について文書で照会し、同年一〇月二五日に、高橋医師から回答書を受領したが、この回答書には、「加療(療養)の方法(勤務しながらの療養は可能か。)」との照会に対する「1腰椎固定軟性コルセット着用、2 1時間位で数分間の立位による体位変換、3 鎮痛剤の使用、4 愛護的には間歇的腰椎牽引療法(これが中々専門的知識を要す)(牽引施行直後の下肢腱反射のチェック 座骨神経伸展テスト 母跡脊底屈力のチェック)これらは中々他医療機関では行われていない。」との回答があるほか、「当所の勤務形態は週五日(月曜日〜金曜日一日八時間)主として事務室勤務である。一週間の勤務日数、業務の種類等勤務軽減の必要があるか。」との照会に対し、「事務室勤務が座位を中心としたものであれば、この点についてのみであれば体位移動は必要と思考される。」との回答はあるが、勤務が可能であるか否かについて明確な記載がなかったこと(乙第七号証)、以上の事実が認められる。

ところで、原告が腰痛の治療及び療養のために東京の高橋医師に金曜日及び月曜日に受診しなければならない特段の必要性があることが認められなければ、原告の請求した病気休暇の期間が、療養のために勤務しないことがやむを得ないと認められる必要最小限度の期間であるとはいえないところ、右事実に照らすと、原告が同年一〇月から同年一二月にかけて、腰痛を患い、一定の療養を必要としていたことは認められるものの、原告が、海外渡航をしたことや、高橋医師の回答書の内容からすると、さほど重い症状のものとまでは認め難く、原告が腰痛の治療及び療養のために、勤務地である神戸市及びその近辺の医療機関ではなく、東京の高橋医師に金曜日及び月曜日に受診しなければならない特段の必要性があることまでは認められない。

原告は、母を東京の自宅に残してきており、毎週末、自宅に帰宅していたことから、金曜日と月曜日に東京で受診するのが合理的である旨主張するが、右事情は、あくまでも個人的事情であって、原告の病気休暇の請求において金曜日及び月曜日に東京での治療を受ける特段の必要性を裏付けるものとはいえない。

また、原告は、高橋医師による治療を受ける特別の必要性があったと主張しているが、勤務地である神戸市内にも多数の医療施設があるものと考えられるのであり、原告の腰痛に係る病気が特殊な病気であって、神戸市内の医療機関ではおよそ治療できないということは認められないことからすると、原告の主張する右事情もあくまでも個人的希望の範囲を超えないものであって、国家公務員の病気休暇につき前記各法令が定める要件を充足するに足りるものとは認められない。

さらに、原告は、林所長が平成六年六月六日から同年一〇月二四日までは原告の腰痛治療のための病気休暇の請求をすべて認めていたにもかかわらず、同年一〇月三一日の分から突然認めなくなったものであり、不承認は恣意的にされたものである旨主張するが、同年一〇月三一日から林所長が原告の腰痛の治療を理由とする病気休暇の請求を不承認としたのは、前記のとおり原告が海外旅行をし、高橋医師からの照会に対する回答の内容が前記のとおりであったことによるものであって、不合理なものとはいえず、右不承認が恣意的にされたものとはいえない。

原告は、そもそも原告の腰痛の原因が林所長の原告に対する虐待にあるとし、その原因を作った者が原告の病気休暇の請求を不承認とすることは不当である旨主張するが、原告の腰痛の原因がひとえに林所長の言動にあることを認めるに足りる証拠はなく、原告の右主張はその前提が認められず、理由がない。

したがって、原告が腰痛の治療及び療養のために東京の高橋医院で、金曜日及び月曜日に受診しなければならない特段の必要性は認められず、原告の請求した病気休暇の各期間が、療養のために勤務しないことがやむを得ないと認められる必要最小限度の期間であると認めるに足りないのであるから、それを不承認とした林所長の措置は正当である。

(2) 原告の歯の治療を理由とした病気休暇の請求について

証拠(乙第四号証、第六号証)によれば、平成六年一一月八日付けの細野純歯科医師作成の原告についての診断書には、「病名 P(歯周炎)、WSD(楔状欠損)、C(う歯) 通院加療期間 平成六年一一月八日から当分の間」との記載があること、原告の歯の治療を理由とする病気休暇の請求は、すべて原告が腰痛を理由とする病気休暇を取得しようとしていた日の間の日又は休日と腰痛を理由とする病気休暇を取得しようとする日に挟まれた日についてされ、結果的に連続休暇になるような形でされたこと、以上の事実を認めることができる。

通常、歯の治療に要する時間は一回当たり約一時間程度であり、原告の勤務地である神戸市内にも多数の歯科医院等があると考えられるので、原告が歯の治療のために東京都内所在の細野歯科クリニックで全日受診しなければならない特段の必要性があることが認められなければ、原告の請求した病気休暇の期間は、療養のために勤務しないことがやむを得ないと認められる必要最小限度の期間であるとはいえないところ、右の事実からは特段の必要性を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はないのであるから、原告の請求した歯の治療を理由とする病気休暇の期間は、療養のため勤務しないことがやむを得ないと認められる必要最小限度の期間であるとは認められないのであり、したがって、林所長が右歯の治療に係る病気休暇の請求を不承認とした措置は正当である。

(3) 原告の高コレステロール血症の治療を理由とする病気休暇の請求について

原告は、高コレステロール血症の治療を理由とする病気休暇を請求したが、診断書等の病気休暇の事由を証明する書類を提出しなかった。証拠(乙第四号証、第一一号証)によれば、原告が右のとおり請求した病気休暇の期間である平成六年一二月八日は、原告が腰痛又は歯の治療を理由として請求した病気休暇の期間(同年一二月二日(金)、同月五日(月)、同月六日(火)、同月七日(水)及び同月九日(金))内にあり、これらと連続する日であったこと、そこで國生庶務係長が原告に対して右資料等の提出を求めたが、右資料等が提出されなかったこと、以上の事実が認められる。原告のした前記病気休暇の請求が、病気休暇の要件を満たすものであることを認めるに足りる証拠はなく、前記認定によれば、その請求が所定の要件を満たすことについては多大の疑義が生じていたものというべきであるから、その請求を承認しなかった林所長の措置は正当である。

原告は、職員の勤務時間、休日及び休暇の運用について(通知)(平成六年七月二七日職職第三二八号事務総長)によって診断書等の提出が要求されるのは一週間を超える病気休暇を承認する場合であり、原告の高コレステロール血症の治療を理由とする病気休暇が一日間であり、これに該当せず、診断書等の不提出をもって不承認としたのは不当である旨主張するが、人事院規則一五‐一四(職員の勤務時間、休日及び休暇)二九条二項により、病気休暇の請求を承認するか否かを決する場合にその事由を確認する必要がある場合には、証明書類の提出を求めることができるのであって、右事務総長通知は、一週間を超える病気休暇を承認する場合には、診断書等によって確認することが必要であることを通知しているにとどまり、それより短い期間の場合について証明書類等を提出させることを無用のこととしたり、証明書類の提出がなくても必ず休暇の請求を承認しなければならないこととする趣旨のものではないから、原告の前記主張は失当である。

(4) 原告の養母の法事出席を理由とする特別休暇の請求について

原告は、平成六年一〇月二六日付けで、同年一一月二日について、養母の法事出席を理由とする特別休暇を請求したが、証拠(甲第一号証、第二六号証の一(一二三頁から一二四頁)、乙第三号証、第四号証の一、第一〇号証、第二九号証)によれば、右同日は、原告が腰痛を理由とする病気休暇を取得しようとした日と祝日とに挟まれた日であり、結果的に連続休暇となるような形であったこと、宮城総務課長は原告の右特別休暇の請求について養母との続柄が確認できないこと及び法事の内容が確認できないことから、國生庶務係長を通じて戸籍謄本の提出を原告に求めたが、原告はそれを提出しなかったこと、平成五年に発刊された原告執筆の「お役所の掟」(一二〇頁)に「私は夏期休暇に二週間のイタリア・フランス旅行を計画した。だが、上司になんと言って休暇の必要性を訴えればよいのだろうか。(…中略…)考え抜いた末に浮かんだアイデアは、『田舎の和歌山で行われる法事にでかける』と、うそをつくことであった。」との記載があること、以上の事実が認められる。

原告のした前記特別休暇の請求が所定の要件を満たすものであることを認めるに足りる証拠はなく、前記認定によれば、林所長としては右特別休暇の事由の有無を確認する必要が生じていたものと認められるところ、原告は、國生庶務係長から戸籍謄本の提出を促されたにもかかわらず、これを提出しなかったのであるから、林所長としては、特別休暇の事由を確認しようがなかったのであり、その事由のあることが確認できなかった以上、不承認としたことは正当である。

原告は、林所長が右特別休暇の請求を不承認としたのは、林所長の原告に対する虐待であって不当なものである旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はなく、原告の右主張は理由がない。

(5) 原告の急性気管支炎兼急性胃腸炎の治療及び療養のための病気休暇の請求について

原告は、平成七年二月一六日付けで、同年一月四日(水)から同年二月三日(金)までの二二日間について、急性気管支炎兼急性胃腸炎の治療及び療養を理由とする病気休暇を請求したが、林所長はこの請求を承認しなかった。

林所長が右休暇の請求を不承認としたのは、原告が急性気管支炎兼急性胃腸炎の治療及び療養のための病気休暇を請求したのが平成七年一月四日(水)から同年二月三日(金)までの二二日間についてであり、二月六日(月)には事後の休暇請求をすることができたはずなのに、実際に事後の承認請求がされたのは二月一六日であって、一〇日間遅れて請求がされたものであり、右遅滞の理由は原告が所定の手続を行わずに海外渡航を行い、林所長の帰国命令に従わなかったことにあり、その遅滞に正当な理由があるものとは認められないことを理由とするものである。

証拠(甲第三二号証、第二六号証の一(七九頁)、乙第一三号証から第一五号証まで、第二〇号証から第二二号証まで、)によれば、佐々木正典医師作成の平成七年一月六日付け診断書には、「病名 急性気管支炎 pt.は、上記病名により、著明な咳、発熱(38.8℃)等を認めたため、H7.1.4(水)〜1.10(火)の間、自宅安静加療要と考えます」との記載があること(甲第三二号証)、佐々木医師作成の同年一月一一日付け診断書には、「病名急性気管支炎 pt.は、著明な咳、38.8℃の発熱等を認めるため、上記病名と考えられます。従って平成7年1月4日(水)から同年1月14日(土)までの間、自宅安静加療要と考えます。」との記載があるほか、欄外に「2/4郵送受理」との記載があること(乙第二〇号証)、佐々木医師作成の同年一月一八日付け診断書には「病名急性気管支炎兼急性胃腸炎 Pt.は、平成7年1月4日(水)より、咳、鼻水、クシャミ、38.8℃の発熱等を認めたため、上記病名を考え、抗生物質等の内服投与を開始しましたが、現時点でも発熱、下痢等も見られております。従って平成7年1月4日(水)〜同年1月24日(火)までの間、自宅安静加療要と考えております。」との記載があるほか、欄外に「2/4郵送受理」との記載があること(乙第二一号証)、佐々木医師作成の同年一月三〇日付け診断書には、「病名 急性気管支炎兼急性胃腸炎 pt.は、上記病名にて、加療中ですが、平成7年1月25日(水)〜同年2月3日(金)の間、自宅安静加療要と考えております。なお、平成7年1月24日(火)には、Chest x-p,採血等も施行しております。」との記載があるほか、欄外に「2/4郵送受理」との記載があること(乙第二二号証)、原告は、同年一月二六日、同年一月三〇日、同年二月三日に神戸検疫所の宮城総務課長と電話で会話した際、インフルエンザを理由として休む旨を告げたこと(乙第一三号証から第一五号証)、原告から神戸検疫所へ原告の右病状に関する佐々木医師の前記診断書三通(同年一月一一日付け、同年一月一八日付け及び同年一月三〇日付けのもの)が提出されていること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定によれば、原告は、同年一月四日から同年二月三日までの期間については、急性気管支炎兼急性胃腸炎の療養のため出勤することができなかったものであり、右期間は療養のため勤務しないことがやむを得ないと認められる必要最小限度の期間であると認められるので、病気休暇の要件を満たしているものということができる。したがって、その期間に係る病気休暇の請求がされれば、これは承認されるべきものであったというべきである。

休暇の請求は事前に行われるのが原則であり、人事院規則一五−一四(職員の勤務時間、休日及び休暇)二七条一項ただし書は、「ただし、病気、災害その他やむを得ない事由によりあらかじめ請求できなかった場合には、その事由を付して事後において承認を求めることができる。」と規定している。

事後の休暇の請求は、事柄の性質上、休暇の請求をすることができるような状況になり次第、速やかにすべきものではあるが、合理的期間内にされれば、これを有効な請求として取り扱うべきものと解するのが相当である。

原告は右のとおり、同年二月一六日に病気休暇の請求をしており、本件海外渡航のため請求が同日まで遅れたという事情はあるものの、それ故に原告の病気休暇の請求が許されないとする理由はない。

(四) 原告の遅刻及び早退に係る不出勤について

前記(第二、一、4、(三))のとおり、原告は遅刻及び早退により合計一四五時間四五分間について勤務を行わなかった。

原告は、この点について厚生省の本省及び検疫所における職員の勤務時間が実際には全く守られていないとして、右欠勤の事実を原告に対する懲戒事由とすることは不当である旨主張する。

しかし、前記(第二、一、4、(三))のとおり、厚生省の職員である原告の勤務時間は厚生省職員の勤務時間訓令で定められているところであり、他の者がそれを遵守しているか否かにかかわらず、原告の職務専念義務違反の有無は右勤務時間を基準として判断されるべきものである。したがって、原告の右主張は理由がない。

(五) 懲戒事由該当性

前記(第四、三、1、(二)、(1))の合計六日間及び前記(第四、三、1、(二)、(2))の原告の本件海外渡航中の七日間の休暇の請求のない欠勤は、仮に休暇請求が行われたとしたら明らかにそれが承認されるようなものとは認められず、また、原告が休暇簿に記入しなかったことに正当な理由が認められるものとも認められないものであるので、原告が休暇の請求を行わずに欠勤したものというべきものである。

前記(第四、三、1、(三)、(1)から同(4)まで)の病気休暇、特別休暇の請求が不承認とされたことによる欠勤及び前記(第四、三、1、(四))の遅刻及び早退による欠勤は、正当な理由なく原告が欠勤したものである。

これらの欠勤は、原告が勤務時間を職務遂行のために用いるべきことを定めた国公法一〇一条一項に違反するものであり、同法八二条一号の懲戒事由に該当し、また、正当な理由なく欠勤しないことは国家公務員の職務上の義務であるが、これらの欠勤は正当な理由なく欠勤したものであるので同法八二条二号の懲戒事由に該当するものである。

しかし、前記(第四、三、1、(三)、(5))の平成七年一月四日(水)から同年二月三日(金)までの二二日間について、急性気管支炎兼急性胃腸炎の治療及び療養を理由とする同年二月一六日付けの病気休暇の請求は、前説示のとおり、承認されるべきものであったのであるから、懲戒事由に該当しない。

2  本件懲戒事由その二(無承認海外渡航)について

(一) 事実関係

原告は、前記(第二、一、6)のとおり、平成七年二月四日から同月一三日までの間、厚生省職員の海外渡航に関する訓令に定められた林所長の海外渡航の承認を得ることなく、無届けでアメリカ合衆国に私事渡航し、同月六日これを知った林所長が阪神大震災の被害復旧及び被災対策支援を行っている緊急状況を踏まえて原告に対して「帰国命令等について」と題する文書により帰国し本務に服することを命じたが、原告は右命令を無視し本務に服さなかった。

証拠(甲第二六号証の一(八二頁から八八頁))によれば、平成七年二月初旬ころ、神戸検疫所では、神戸大震災の前より数は減っていたものの船舶の検疫業務、汚染地域から輸入される魚介類の病原体検査及び予防接種業務を行っていたこと、阪神大震災の関係で、神戸検疫所から現地の災害対策本部へ職員を、西宮保健所に検疫課の薬剤師を、それぞれ派遣していたこと、神戸検疫所の職員はほぼ通常どおり出勤していたこと、原告がその時期に出勤していればインフルエンザの予防接種団の一員として職務を行うことが予定されていたこと、原告が右予防接種団の業務を行うことができなければ精神保健関係の職務を行うことが検討されていたことが認められる。

前記(第二、一、6)のとおり、原告の本件海外渡航は、アメリカ合衆国のワシントンDCにおいて、私的に依頼を受けた講演を行うことが目的であったので、国の用務以外の目的による海外渡航であって、本来、事前に林所長の承認を受けなければならないものであった。

右林所長の帰国命令は、原告が事前の承認を受けずに本件海外渡航を行ったものであること、その当時神戸検疫所では阪神大震災の応援等の業務を行っており、原告を帰国させて本務に服させる必要があったことを理由に出されたものであり、正当な命令である。

(二) 懲戒事由該当性

以上を前提とすると、右事実は、原告が厚生省職員の海外渡航に関する訓令に従わず、上司である林所長の職務上の命令に従わないものであって国公法九八条一項に違反して同法八二条一号に該当し、また、原告が国の用務以外の目的で海外渡航を行う場合に厚生省職員の海外渡航に関する訓令に定められた承認を受けること及び上司である林所長の帰国命令に従うことは国家公務員であり厚生省の職員である原告の職務上の義務であるから、原告の右行為は右職務上の義務に違反するものであり、同法八二条二号の懲戒事由に該当するものである。

(三) 原告の主張について

原告は、前記(第三、二、2、(二))のとおり、厚生省職員の海外渡航に関する訓令は憲法二二条に違反して無効である旨主張する。

憲法二二条二項は国民の海外渡航の自由を保障したものであり、その保障は公務員に対しても及ぶものと解されるが、憲法上の自由といえども無制限のものではなく、公共の福祉のための正当な目的のための合理的な制限に服するものである。

厚生大臣は、国家行政組織法一〇条に基づき厚生省職員の服務について統督する権限と義務があり、職員が私的に海外渡航する場合には、それに対する統制及び監督が及び難いことが多いので、その目的及び滞在先を十分に把握し、万一に備えておく必要がある。このように国家公務員である厚生省職員を適切に統督することは国家公務員が全体の奉仕者であることに照らして、公共の福祉のための正当な目的であるといえる。

また、厚生省職員の海外渡航に関する訓令は厚生省の職員の私的な海外渡航の自由を完全に制限するものではなく、厚生省の職員の私的な海外渡航を厚生大臣又は同訓令所定の厚生大臣が委任した者の事前の承認に係らせるものであって、これは右目的達成のための合理的な制限である。

したがって、厚生省職員の海外渡航に関する訓令が憲法二二条に違反するものとはいえず、原告のこの点に関する主張は理由がない。

また、原告は、林所長は、原告が急性気管支炎兼急性胃腸炎から完全に回復しておらず、阪神大震災によって医療体制が破壊されてまだ復旧していない神戸に呼び戻せば有害であることを熟知していながら、原告に対して帰国命令を発したものであり不当である旨主張する。

当時の神戸は阪神大震災から一箇月も経過していないことから、医療体制が完全に復旧していなかったものであると推測されるが、原告はアメリカ合衆国への海外渡航及び講演ができる程度に急性気管支炎、急性胃腸炎から回復していたことが認められるのであるから、原告に対して本務に服するよう命じる林所長の命令が不合理なものとは認められず、原告のこの点に関する主張は認められない。

3  本件懲戒事由その三(職務行為の拒否及び勤務時間不遵守の宣言等)について

(一) 事実関係

証拠(甲第二六号証の一(二四頁から二九頁、九三頁、九四頁)、第二七号証(一〇頁)、乙第一号証、第二三号証)によれば、神戸検疫所検疫課の業務は、厚生省組織規程(乙第一号証)により、診察、検査、隔離及び停留その他の検疫並びに予防接種その他の国民の健康上重大な影響を及ぼす感染症の予防と定められていること(厚生省組織規程一七九条一項)、平成六年当時は少なくとも毎週火曜日に予防接種業務が行われていたこと(甲第二六号証の一(九三頁))、林所長は神戸検疫所の業務を掌理する立場にあること(厚生省組織規程一七五条二項)、同年四月六日林所長は原告に対して、「毎週火曜日から木曜日に検疫班に入ってもらう。また、火曜日午後二時から予防接種業務があり、そのつもりで勤務すること。」との指示を行ったこと(乙第二三号証)、同年三月三一日までは検疫課長が欠員であり、医師である医療専門職に加え、随時、所長もこれらの業務を行っており、同年四月一日以降は医療専門職が欠員であったこと(甲第二六号証の一(九三頁、九四頁)、第二六号証の二(六頁))、原告は同年四月一四日、同年四月一九日、同年四月二〇日、同年四月二一日及び同年四月二六日から二八日までの検疫班に編入され乗船検疫業務を行うことになっていたが、同年四月一四日、同年四月二七日及び同年四月二八日は同業務は検疫課長の業務ではないとしてこれに従事せず、同年四月一九日は検疫対象船がなく、同年四月二一日及び二六日は病気休暇のため出勤せず、同業務を行わなかったこと(甲第二六号証の一(二七頁))、乗船検疫業務について原告が同年四月に検疫班に編入され六回同業務を行うことになっていたがそのうちの一回しか同業務に従事しなかったことから、神戸検疫所は原告を編入すると業務に支障が生じるおそれがあると考えて、同年五月以降は原告を検疫班に編入しないこととしたこと(甲第二六号証の一(二七頁、二八頁)、原告は同年六月中旬以降本件懲戒処分を受けるまでの間予防接種業務に従事すべき日において予防接種業務に従事しなかったこと(甲第二六号証の一(二八頁、二九頁)が認められる。

(二) 懲戒事由該当性

原告の右行為のうち、原告が前記(第二、一、3)の文書を提示した行為は、検疫課長としての職務の一部(乗船検疫及び予防接種に関する業務)を拒否し、勤務時間(出勤時間)を守らない旨を宣言したと見るべきものであるが、右文書の中で行うことを拒否している乗船検疫及び予防接種に関する業務が神戸検疫所検疫課の業務であることは右認定のとおりであり、検疫課長が検疫課の業務を行うべきことは、特に規定されているものではないが、当然の前提と認められるのであるから、右業務は検疫課長である原告が本来行うべき業務であるというべきであり、右文書は原告が検疫課長として本来行うべき業務を行わないことを宣言するものである。また、勤務時間は厚生省の職員である原告が本来遵守すべきものである。右文書はそれに従わないことを宣言するものであり、これらは神戸検疫所の検疫課長の地位にある者が本来行うべき業務を行わず、遵守すべき勤務時間を遵守しないことを明らかにするものであって、神戸検疫所の職員全体ひいては厚生省の職員全体の信用を傷つけ、不名誉となるものである。したがって、原告の右行為は、国公法九九条に違反し、同法八二条一号の懲戒事由に該当し、また、右原告の行為は右のように全体の奉仕者たるにふさわしくない行為というべきものであるので、同条三号の懲戒事由に該当するものである。

また、右のとおり乗船検疫業務及び予防接種に関する業務は原告が行うべき業務であると認められるので、原告の行為のうち、原告が平成六年四月六日、林所長から乗船検疫業務及び予防接種に関する業務を行うよう命令されたにもかかわらず、同年四月一四日、同年四月二七日、同年四月二八日において検疫業務を、また、同年六月中旬以降の予防接種業務に従事すべき日において予防接種業務をそれぞれ拒否した行為は、林所長の正当な命令に従わない点で国公法九八条一項に違反し、また、本来行うべき業務を行わないことは、職務に専念すべきことを定めた同法一〇一条一項に違反して国公法八二条一号の懲戒事由に該当し、また、原告が右業務を行うべきことは原告の職務上の義務であるので、それに違反する右の行為は、同法八二条二号の懲戒事由に該当するものである。

4  本件懲戒事由その四(職務専念義務違反及び命令不服従の反復)について

(一) 事実関係

平成六年一一月一一日大阪新聞に原告の発言として「どの仕事にも適材適所の原則を貫くべき。私の経歴と実績を無視したと判断した仕事に従事しない」との記事が、雑誌ヴユーズの平成六年一一月号に原告の発言として「二年ほどまえから痛めている腰痛の具合が悪化して、椎間板ヘルニアの一歩手前と診断されている。そこで私は、仕事もなくもてあましている時間を、体の静養、とくにストレス・マネージメントに充てることにした。腰痛で病休を取得していけないことはない。少なくとも建前としては病休という制度がある以上、その制度を最大限、利用させてもらうことにしたのだ。」「懲戒免職は私にとって最大の勲章です。」との記事がそれぞれ掲載された。また、原告が平成六年六月一四日林所長あて文書において「いじめとかしごきを正当化してきた林所長は、反省をするべき点が多々ある。そこで反省をしたという事実を示すものとして、羽田総理大臣及び大内厚生大臣あてにこれまでの私の言動及び行動を評価した推薦状を書き、その内容には、私が行政改革の委員の一人として最適任者であることを明記すると共に、次の人事異動では本省の課長職、あるいは最低限、東京近辺の検疫所の所長として的確(適格)である旨を示すことを要求する。この推薦状が書けないのであれば、あなたは無能であるとの私の仮説を証明したことになる。」と記載したことが、平成六年一一月一一日の大阪新聞に掲載された。これらの記事は原告が取材を受けた結果掲載されたものである。

(二) 懲戒事由該当性

右新聞及び雑誌の記事は、原告が取材を受けた結果掲載されたものであるので、これらの記事の内容については原告にも責任があり、これら記事の内容は、原告が厚生省の管理職としての立場にありながら、自分の満足できない職務には従事しないこと、腰痛を名目に病気休暇を取ったこと、懲戒免職を歓迎すべきだと思っていること及び上司を公然と批判し自分勝手な要求を突きつけることを公言したものというべきであって、右内容はいずれも国公法九八条一項及び一〇一条一項に違反するものであるので、神戸検疫所の職員、厚生省職員、ひいては国家公務員全体の信用を傷つけ、あるいは失墜するような行為であるというべきである。したがって、原告の行為は、国公法九九条に違反し、同法八二条一号の懲戒事由に該当し、また、原告の右行為は、国民全体の奉仕者たるにふさわしくない行為であるので同条三号の懲戒事由に該当するものである。

5  本件懲戒処分において「免職」処分が選択されたことについて

前記(第二、一、8)のとおり、原告は、右懲戒事由について免職処分とされているが、国家公務員について国公法に定められた懲戒事由がある場合に懲戒処分を行うかどうか及び懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは懲戒権者の裁量に任されており、懲戒権者が右裁量権の行使として行った懲戒処分はそれが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量の範囲内にあるものとして違法とはならないと解すべきである(最高裁判所昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一頁)。

本件懲戒処分における懲戒事由として、前記(第四、三、1ないし4)の事実が認められ、そのいずれも懲戒事由に該当することは前判示のとおりである。

その懲戒事由のうち、第四、三、4(懲戒事由その四)については、前認定のとおり、懲戒事由には該当し、職場規律を乱すものではあるものの、それのみによって懲戒免職処分にするに足るだけの重大な懲戒事由とまではいえないものである。

しかし、懲戒事由のうち、欠勤に関する事実は、前認定のとおり、全日の欠勤が合計三七日、遅刻及び早退による欠勤が合計一四五時間四五分になるものである。原告の全日の欠勤日数である三七日は、被告が懲戒事由に該当すると認定した欠勤日数である五九日を二二日も下回るものであるが、平成六年四月一日から平成七年二月一五日までの間に三七日も欠勤したというのであるから、欠勤日数としては多いというべきである。そして、原告は検疫課長という管理職の立場にあり、職場規律について厳しい規範が求められる立場にあったことも加味して考えると、原告の右欠勤は重大な職務上の義務違反であるというべきである。

なお、原告は、この点に関して、前記(第三、八、1、第三、九、1)のとおり、欠勤した時間に相当する減給を受けている旨主張するが、それは一般職の職員の給与に関する法律一五条の規定により減額されるものであり、かかる減額が行われているからといって、職務規律の違反の事実が解消するわけではないことは明らかであり、かかる原告の主張は、この事実を重大な懲戒事由と評価することの妨げとなるものではない。

また、懲戒事由のうち既定の承認を得ることなく海外渡航した点については、前記(第二、一、10)のとおり、かつて原告は同様の事由によって懲戒処分を受けており、手続が必要であり、その手続を行わずに私的目的で海外渡航することが許されないものであることを十分知りながら重ねてその規範を破ったものであり、証拠(乙第一三号証ないし第一五号証、第一七号証)によれば、原告が右海外渡航を行ったのは、阪神大震災によって原告の勤務官署である神戸検疫所を含む地域が大変な惨状となり、神戸検疫所としても被災者の救援等のために待機しているという時期であり、原告はそれを十分知りながら右海外渡航を敢行したものであることが認められ、前記(第二、一、6)のとおり渡航先に林所長から帰国命令が出されたのにもかかわらず、それに従わなかったことも勘案すると、右懲戒事由は重大な職務規律の違反であるといわざるを得ない。

そして、懲戒事由のうち、林所長から乗船検疫業務及び予防接種に関する業務を行うよう命令されたにもかかわらず、同月一四日、同月二七日、同月二八日において検疫業務を、また、同月六月中旬以降の予防接種業務に従事すべき日において予防接種業務を、それぞれ拒否して行わなかったことについては、原告が当時おかれていた立場として本来行うべき職務をあえて行わなかったものである。それに関して、前記認定のとおり、原告がその旨あらかじめ宣言していたことをも勘案すると、本来の職務を行わないことについて原告は自らの信念に基づいてその途をあえて選択したものであることが認められ、この事実も重大な職務規律の違反というべきである。

さらに、前記(第二、一、10)のとおり原告は平成三年一二月一一日に三箇月俸給の月額の一〇分の一を減給する旨の懲戒処分を受けたことがあり、以上の事実を総合的に考慮するならば、原告を右懲戒事由をもって懲戒免職処分にした本件懲戒処分は、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したものとは認められない。

四  本件懲戒処分は公正な告知と聴聞の手続を欠いているか否か(争点3)について

原告は、本件懲戒処分が原告の国家公務員としての身分をはく奪するものであるから、あらかじめ公正な告知・聴聞手続が行われなければならず、本件懲戒処分の場合、行政手続法一三条一項一号ロに準じた聴聞の手続が必要であったのにそれが行われていないので、本件懲戒処分は手続に重大な瑕疵があり違法であると主張する。

そこで、国家公務員に対する懲戒免職処分においてあらかじめ被処分者に告知・聴聞手続の機会を与える必要があるか否かについて検討する。

法定手続の保障を定める憲法三一条は直接には刑事手続に関する規定であるが、行政手続については、それが刑事手続でないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である(最高裁平成四年七月一日大法廷判決・民集四六巻五号四三七頁)。

国家公務員に対する懲戒処分は、公務員の行為が一定の懲戒事由に該当することを前提として当該公務員に対して不利益な処分が行われる点で刑事手続と類似する面があるというものの、その処分によって制約される利益は、あくまでも国民全体の奉仕者としての国家公務員の身分に基づく利益であるから、一般国民が生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられることによって、その権利が侵害され、回復の困難な損害を被ることと比較すると、受ける不利益の内容が質的に異なるものであり、事後的に懲戒処分に対する不服申立てをする途を開くことによりその身分保障に欠ける点はないものと解するのが相当である。

したがって、憲法上、国家公務員の懲戒処分について、事前の告知・聴聞手続を被処分者の権利として保障したものと解することはできない。

次に、行政手続法三条一項九号は、国家公務員の身分に関してされる処分については同法第二章から第四章まで(五条から三六条まで)の規定は適用されない旨規定しており、国家公務員に対する処分について規定されている国公法には事前に告知・聴聞手続を行うべきとする規定はなく、懲戒処分の際、処分の事由を記載した説明書を交付し、人事院に対して行政不服審査法による不服申立てをすることができることとしている(国公法八九条一項、三項、九〇条一項)。

したがって、法律上、国家公務員の懲戒処分について、事前の告知、聴聞手続を保障しているということはできないが、事後的に人事院に対して審査請求をすることができることとされているのであり、これによって国家公務員の身分保障に欠ける点はないとする法の態度が表れているものといえる。

もっとも、国公法七四条一項が国家公務員に対する懲戒処分の公正を定めていることに照らし、懲戒処分の中でも被処分者の国家公務員としての身分そのものに重大な不利益を及ぼし、その他の不利益を与える懲戒免職処分については、処分の基礎となる事実の認定について被処分者の実体上の権利の保護に欠けることのないように被処分者に対し、処分の基礎となる事実について弁解の機会を与えるのが相当であると考えられるが、処分の基礎となる事実に係る認定の当否については、不服申立て手続のみならず、懲戒処分の取消訴訟においても審査の対象となるから、事後審査とはいえ、実体的、手続的保障に欠ける点はない。

これを本件についてみるに、本件懲戒処分の根拠となった懲戒事由の存否については、人事院に対する不服申立て手続においてのみならず、本件取消し訴訟においても審判の対象となり、前記のとおり判示しているところである。

以上により、原告のこの点に関する主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

五  処分説明書に記載された理由が著しく不備であるか否か(争点4)について

国家公務員の懲戒処分に係る処分説明書には処分の事由を記載することが必要である(国公法八九条一項)。これは、同条三項が当該処分について人事院に不服申立てをすることができる旨及び不服申立期間を記載しなければならないことを規定していることとあいまって、処分された職員に対していかなる非違行為について当該処分がなされたのかという処分の理由を知らしめるとともにその処分について不服がある場合には人事院に対して不服を申立てることができること及びその申立期間を教示することによって国家公務員の身分保障の一つである人事院に対する不服申立ての制度を実効性のあるものとするとともに、処分者に理由を記載させて処分が公正及び慎重になされることを担保しようとするものである。

右趣旨からして、処分説明書には、処分の理由を、できるかぎり非違行為の存在したことを客観的に保障し、懲戒権者の選択した処分の種類及び程度を合理的に理由付け、事実関係の同一性が識別できる程度に具体的に非違行為の行為主体(被処分者)、行為の時期、態様及び方法等の事実を挙げて記載することを要し、かつ、それで足りるものと解するのが相当である。

本件懲戒処分に係る処分説明書には、前記(第二、一、8)のとおり、懲戒事由①から③については懲戒事由に該当するとする事実が、行為の主体(原告)、行為の時期、態様及び方法等の事実を挙げて記載されており、それは懲戒事由とされた事実関係の同一性を識別できる程度に記載されていると評価することができるものであるので、その記載に不備は認められないが、同④については行為の時期及び具体的態様及び方法が記載されておらず、処分説明書の記載として十分なものとはいえない。

したがって、本件懲戒処分の処分説明書の記載については懲戒事由①から③については不備はないが、④は十分なものとはいえず、懲戒事由の一部のみについて記載が十分でなかったものというべきである。

そこで、懲戒事由が複数ある場合に、その一部についてのみ処分説明書の記載に不十分な点があった場合の当該懲戒処分の適法性が問題となるが、このような不備は、懲戒処分の手続上の瑕疵であり、実体的な違法事由ではないと解するのが相当である。

原告は、被処分者が処分の基礎となる事実自体を争っている場合には、処分者が処分事実を認定した根拠を信憑力のある資料を摘示して具体的に明示すべきであり、被処分者と法的評価を異にして処分をする場合には評価判断に至った過程自体については具体的に説明する必要がある旨主張し、右趣旨の判断がなされた東京地方裁判所平成五年三月二六日判決(判時一四七四号四五頁)を挙示するが、右裁判例は青色申告に係る法人税について更正を行う場合の更正処分通知書における更正の理由の記載について判断したものであって、国家公務員に対して懲戒処分を行う場合の処分説明書の理由の記載について問題となっている本件とは事案を異にするので適当でない上、前記の処分説明書に処分の理由を記載しなければならないとした趣旨からは右原告の主張する程度の記載を要すると解する必要性は認められないので、原告の右主張は採用できない。

また、原告は、本件懲戒処分の処分説明書には、懲戒事由として記載された各事実が国公法八二条のいずれの号に当たるか記載がなく、同条一号に該当するという場合に違反したとする国公法及びそれに基づく命令の条項も具体的に特定されていないと主張する。たしかに、甲第四号証によれば処分説明書には処分の根拠法令が国公法八二条各号である旨及び原告の行為が国公法及び関連法令の規定に違反するものであり、国公法八二条各号に該当する旨記載されているにとどまり、各懲戒事由が同条のどの号に該当するものか、さらに同条一号に該当する場合にはいかなる国公法の規定又は国公法に基づくいかなる命令に違反するのかについて明確に記載されていない。しかし、前記のとおり、処分説明書には、処分の理由を、できるかぎり非違行為の存在したことを客観的に保障し、懲戒権者の選択した処分の種類及び程度を合理的に理由付け、事実関係の同一性が識別できる程度に具体的に非違行為の行為主体(被処分者)、行為の時期、態様及び方法の事実を挙げて記載することを要し、かつ、それで足りるものであり、本件懲戒処分に係る処分説明書には前記のとおり、①から③までは具体的な懲戒事由が右必要な程度に記載されていることを前提とすれば適用法条について右の程度に記載されていれば、原告主張のような程度まで根拠法条を明らかにしていなくても、前記の処分説明書に理由を記載せしめた趣旨は全うされるものといえるので、右原告の主張は採用できない。

その他、原告は、本件懲戒処分に係る処分説明書記載の懲戒事由①について、休暇の承認を受けずに欠勤したとする日及び時間についての記載がなく、また、原告は無断で欠勤したことはなく、病気休暇、年次休暇の実質的要件を満たして、病気休暇の場合は医師の診断書も添えて、事前事後に承認申請をしたのに林所長が違法に承認を拒絶した場合であるので、その点明らかにすべきであるのに、「休暇の承認を得ることなく」との記載については、申請を全くしなかったのか、申請はあったが承認をしなかったのかが明らかではなく、承認しなかった場合であるならば、承認を拒否した根拠について客観的資料に基づいて具体的に説明すべきであったのにそれをしていないこと、本件懲戒処分に係る処分説明書記載の懲戒事由①及び③について、原告が、林所長、宮城総務課長の指導、注意、命令は「職務上」の命令ではなく、原告に対する理由のない虐待と退職強要の手段として利用された違法、不当なものであると主張していたのであるからそれらを具体的に明らかにすべきであるのに、上司の注意、指導、命令のなされた日時、場所、内容についての具体的特定がないことを主張するが、これらの原告の主張はいずれも本件懲戒処分に係る処分説明書の①及び③の理由の記載が不十分であるとの主張であり、前記判示のとおり、右記載は十分なものであるので、右原告の主張は理由がない。

以上のとおり、本件懲戒処分に係る処分説明書の理由の記載に不備があることを理由として本件懲戒処分が違法となることはない。

六  処分説明書の記載による処分理由には明らかに懲戒事由とはなり得ないものが含まれているか否か(争点5)について

1  無承認海外渡航について

原告は、前記(第三、五、1)のとおり、本件懲戒処分に係る処分説明書に懲戒事由②として記載された無承認海外渡航に係る事実は懲戒事由に該当しないことが明らかなものであり、懲戒事由に該当しない事実が処分説明書に記載してあることは著しい手続上の瑕疵であるので、本件懲戒処分は違法である旨主張する。

しかしながら、右原告の主張は厚生省職員の海外渡航に関する訓令が憲法二二条に違反するものであることを前提とするものであるが、右訓令が合憲であることは前記(第四、三、2、(三))のとおりであり、原告の主張はその前提を欠き、理由がない。

2  上司の指導・注意に従わなかったとの記載について

原告は、前記(第三、五、1)のとおり、本件懲戒処分に係る処分説明書に記載された懲戒事由①及び③の中に原告の指導・注意に従わなかったことが記載され、懲戒の理由とされているが、国家公務員が上司の指導、注意に従う義務は法定されていないので、これは国公法八二条二号に該当せず、懲戒事由には当たらないことが明らかなものであり、懲戒事由に該当しない事実が処分説明書に記載してあることは著しい手続上の瑕疵であるので、本件懲戒処分は違法である旨主張する。

しかし、処分説明書の理由の記載として、懲戒事由以外の事実は一切記載してはならないということはなく、懲戒事由に関係する事情にわたる事実を記載したとしても、事情の記載があまりにも多いなど特段の事情のない限り、そのことによって手続が違法となるものではないと解するのが相当であり、本訴においては前記第三、二、1、(一)及び同(三)において被告が主張するように、本件懲戒処分における懲戒事由には右注意及び指導は含められておらず、右処分説明書に記載された原告に対する注意及び指導は、職務命令に先立って、何度も注意及び指導が行われたが、原告はそれに従わず、その後出された職務命令に従わなかったという事実経過を説明するものとみるべきものであって、懲戒事由として記載されたものではなく、また、その記載によって当該手続を違法としなければならないような特段の事情が認められるようなものでもないので、右記載によって本件懲戒処分に係る手続になんらの瑕疵をも生じさせるものではなく、原告のこの点に関する主張は理由がない。

七  本件懲戒処分が考慮すべきでない事実を考慮して行われたものか否か(争点6)について

1  原告は、本件懲戒処分に係る経過及び背景事情として、前記(第三、六、1、(一)から(五))の事実があったことを主張する。前記争いのない事実等(第二、一)、証拠(乙第二三号証、第二五号証)及び弁論の全趣旨によれば、本件懲戒処分に係る背景事情として以下の事実が認められる。

(一) 原告は、は平成三年四月ころ「月刊Asahi」の同年六月号に投稿を行い、それ以後、執筆活動を続けた。原告は「お役所の掟」及び「お役所のご法度」と題する書籍の著者であり、原告はそれらの書籍を厚生省の職員であった時に執筆した。

(二) 原告の直属の上司や人事権を有する厚生省の幹部らは原告に対して、大要「(君に)先憂後楽の喜びが分からないというなら、役人の資格はない。」、「君の考え方は我々の組織にはなじまないのだよ。」、「何しろ賄賂でももらわない限り俺たちはおまえを首にできないのだ。」、「君が辞めるといえばみんな諸手をあげて賛成する。」、「役所を辞めるといっておきながら、おまえはいつまで立っても辞めないじゃないか。どういうつもりなんだ。」、「君の将来のことだが、どういうつもりだ。」「で、いつ辞めるのだ。」、「ところで君も国家公務員なのだから異動となることも考えておかねばならない。」との趣旨の発言を行い、林所長は、原告に対して「懲戒免職にしてやる。」との発言を行った。

(三) 原告が神戸検疫所に異動となった後の平成六年四月六日、林所長は、原告に対して、「出勤時間は平日八時三〇分、検疫当番は八時である。毎週火曜日から木曜日に検疫班に入ってもらう。また、火曜日午後二時から予防接種業務があり、そのつもりで勤務すること。電話等は、私用の時は使用しないこと。公衆電話や自宅の電話を使ってもらう。よそからの私用電話も長い電話は困るので、自宅にかけるよう相手に伝えるなりしてもらいたい。検疫課の電話は代理店等の連絡が多く、かかりにくい場合は苦情がある。マスコミ等の取材や来客が多いと聞いているが、所内での勤務時間中の取材等は困るので、自宅等他所で行ってもらいたい。」旨伝えた。原告は「東京に病身の母を置いており、世話をお手伝いさんにお願いしているので、月曜日はいろいろ指示してから来るため、出勤は一一時頃になる。また、金曜日の午後は早退したいので宜しくお願いしたい。」と述べ、宮城総務課長は、原告に対して、「勤務時間は八時三〇分から一七時までと決まっており、遅出及び早退は年休を行使すること。年休の請求及び承認がない場合は欠勤となり、給与減額となる。」旨告げ、原告はそれに対して「年休行使については、こういうものには使わない。運用等で大目に見てもらえないなら、その分、給与から引いて下さい。本人が良いといっているから、それでよいでしょう。」と発言した(乙第二三号証)。

同年五月一七日、原告は「出勤については、本省も他の職場でも、所長他一〇時頃出勤している。どこも年休を出していないし、欠勤扱いもしていない。文句をいわれたこともない。神戸だけが甲野を特別扱いしている。」旨申し立て、宮城総務課長は原告に対して、「他の職場のことは、当所とは関係ない。当所の出退時間は守ってもらいます。あなたを特別扱いしていない。全職員八時半に出勤している。現在の状態では欠勤となるので、その件は、再確認しておく。五月二日本省へ行ったのは公務とは認めない。」旨告げ、林所長は原告に対して「とにかく八時半に出勤して、検疫もちゃんとやるべきである。これは所長命令だ。」と告げた(乙第二五号証)。そして、神戸検疫所は原告については午前八時三〇分から実際の出勤時間まで五分刻みで遅刻扱いとし、同様に午後五時まで五分刻みで早退とした。

前記(第二、一、4、(一)、第四、三、1、(二)、(1)、ア)のとおり、原告は、平成六年五月二日(月)及び同年五月九日(月)原告の神戸検疫所への配置転換が不当なものである旨の抗議を厚生省の本省の課長に行うために欠勤し、神戸検疫所は右欠勤を休暇の請求のない欠勤とした。

(四) 前記(第二、一、4、(二))のとおり、原告は病気の治療又は療養等を理由に休暇の請求をしたが、林所長はそれを承認しなかった。

(五) 平成七年一月一七日、阪神大震災が発生した。平成七年二月六日、林所長はワシントンDCにいた原告に対して「帰国命令等について」と題する書面をファックスで送信した。

(六) 原告は、その他に、第三、六、1、(一)、(2)、同(4)、同(二)、(1)、同(2)、同(三)、(1)から同(4)、同(四)、(2)、同(五)、(1)、同(2)において前記(第四、七、1、(一)から(五))認定以外の事実を主張し、その中には甲第一号証及び第二号証にはその旨の記述があり、それに符合する証拠(甲第二六号証の三(四六頁から五〇頁))もあるが、被告はそれらの事実を否認していることを前提とすると、右証拠のみでは右事実を認めることはできず、その他それらを認めるに足りる証拠はない。

2 原告は、前記(第三、六、1、(五))のとおり、本件懲戒処分に係る右背景事情に照らし、本件懲戒処分は原告の表現の自由を抑圧し、国民の知る権利を妨害することを目的として行われたものであり、考慮すべきでない事実を考慮して行われた点で違法である旨主張する。

国公法八二条所定の懲戒制度は、国家公務員関係秩序の維持の目的から同条に定めるような処分権限を任命権者に認めるとともに、他方、公務員の身分保障の見地からその処分権限を発動しうる場合を限定したものである。懲戒制度の右のような趣旨・目的に照らし、かつ、同条に掲げる処分事由が被処分者の職員としての義務違反を内容として定められていることを考慮するときは、同条に基づく懲戒処分については、任命権者にある程度の裁量権は認められるけれども、もとよりその純然たる自由裁量にゆだねられているものではなく、懲戒制度の右目的と関係のない目的や動機に基づいて懲戒処分をすることが許されないのはもちろん、処分事由の有無の判断についても恣意にわたることを許されず、考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮して判断するとか、また、その判断が合理性をもつ判断として許容される限度を超えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤った違法なものであることを免れないというべきである(最高裁判所昭和四八年九月一四日第二小法廷判決・民集二七巻八号九二五頁参照。同判決は公務員の分限処分についてのものであるが、この点については、公務員の懲戒処分についても妥当するものと解するのが相当である。)。

原告が官僚制度を批判してきたこと自体は、本件懲戒処分の懲戒事由とされた事実とは直接関係ないものであって、処分において考慮すべきことではなく、仮に本件懲戒処分が右事実を考慮し、原告の主張するとおり原告の官僚制度の批判に対して報復し、それ以後他の者が原告のように厚生省の内部事情を外部に発表することを抑止することの手段として行われたものであり、同処分が破廉恥な行為をした者に対する処分であるという一般的印象を利用して、原告の社会的信用を失墜させ、原告の著書である「お役所の掟」が無価値なものであるという印象を広めようという意図の下に行われたものであり、その当時の行政改革及び官僚批判についての世論が高まることを妨害するために行われたものであるとするならば、本件懲戒処分は裁量権の行使を誤った違法のものとみることができる。

しかるに、本件懲戒処分においては、前記認定(第四、七、1、(一)から(五))のとおりの経過及び背景事情があったことが認められるものの、その事実によって被告が、本件懲戒処分を行うに当たり、原告が官僚制度を批判してきたこと自体を考慮したこと、本件懲戒処分が原告の官僚制度の批判に対する報復、それ以後他の者が原告のように厚生省の内部事情を外部に発表することの抑止、懲戒免職処分が破廉恥な行為をした者に対する処分であるという一般的印象を利用した原告の社会的信用の失墜及び原告の著書である「お役所の掟」の無価値化並びに当時の行政改革及び官僚批判についての世論の高まりの妨害を目的とするものであったことを認めることはできない。

したがって、原告のこの点についての主張は理由がない。

八  本件懲戒処分が平等原則(憲法一四条、国公法二七条、同法七四条一項)に違反するものか否か(争点7)について

1  欠勤について

原告は、厚生省職員の勤務時間訓令所定の厚生省の本省及び検疫所における月曜日から金曜日までの午前八時三〇分から午後五時という職員の勤務時間は実際には全く守られていないこと及び検疫所で一週間に二日しか勤務しない医師を帳簿上常勤扱いにして全額給与を支払っていることを前提に、原告についてだけ厳格に勤務時間を守るように要求した上で、それを前提として無断欠勤、遅刻、早退の事実を懲戒事由とするのは、著しく平等原則に違反すると主張する。

しかし、原告主張の厚生省職員の勤務時間訓令所定の勤務時間は実際には全く守られていないとの事実及び検疫所で一週間に二日しか勤務しない医師を帳簿上常勤扱いにして全額給与を支払っているとの事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の右主張はその前提を欠くものであって理由がない。

2  厚生省の職員の原告に対する退職強要について

原告は、厚生省幹部が組織的に原告に対して退職を強要し、いわれなき差別的取扱いを行ったとの事実を前提に、これらの厚生省幹部の行為が国公法三九条一号に違反し、同法一一〇条八号の罰則規定に該当し、同法二七条に違反し、一〇九条八号の罰則規定に該当するものであるのに、それらの行為は不問に付し、他方、原告に対して懲戒免職処分を行うことは著しい平等原則違反である旨主張する。

林所長を含む厚生省の職員が原告に対して前記(第四、七、1、(二))のとおりの発言をしたことは認められ、これらの発言はいずれも原告に対して退職を強く示唆するものであり、相当性に疑問がないとはいえないが、これらの厚生省職員の発言について、その任命権者が懲戒権を発動するか否かは懲戒権者の裁量に属することであり、刑事手続の発動は厳格かつ慎重な検討、吟味の上に決定されるべきことであって、原告に対する本件懲戒処分における懲戒事由とそれらが密接な関係を有し、本来、双方に対して懲戒権の発動がなされるべきものであるのに、裁量権の逸脱又は濫用によって、原告に対してのみ懲戒権が発動されたというような事情が認められれば格別、そうでない以上、これらの事実によって原告に対する本件懲戒処分が違法となることはないというべきであり、本件においては、右のような特段の事情を認めるに足りる証拠はないのであるから、本件懲戒処分が右理由によって違法となることはなく、原告のこの点に関する主張は理由がない。

九  本件懲戒処分が憲法一三条に違反するか否か(争点8)について

原告は、本件懲戒処分は原告の老母の介護という動機そのものを非難し、制裁を加えたに等しいものであり、また、自己の健康の保持という動機そのものを非難し、制裁を加えたに等しいものであり、自己及び家族の幸福や健康を追求する権利を侵害するものであり、憲法一三条に違反する旨主張する。

しかし、原告の主張する自己及び家族の幸福や健康を追求する権利が個人の人格的生存に不可欠な権利自由として、憲法一三条後段により保障されるものであるとしても、本件懲戒処分が原告の老母の介護という動機そのものを非難し制裁を加えるものでもなく、自己の健康の保持という動機そのものを非難し、制裁を加えたものでもないことは、以上認定、説示したことから明らかである。また、本件懲戒処分が原告の右各動機そのものを非難し、制裁を加える結果を招来するものでもないことも、以上認定、説示したことから明らかである。

したがって、原告の右主張は採用できない。

一〇  本件懲戒処分が憲法三一条、三九条後段に違反するか否か(争点9)について

原告は、本件懲戒処分における懲戒事由のうち、平成六年中のものを懲戒処分の事由として取り上げることは一事不再理の法理に反し、同法理を規定した憲法三一条、三九条後段に違反する旨主張するが、原告の右主張は前記(第三、九、1)のとおり、本件懲戒処分における懲戒事由のうち平成六年中のものは全て欠勤による減給又は林所長らによる口頭又は文書による注意等の措置が執られ、その際特に懲戒処分が検討されることなく、その都度措置が完了したものであることを前提とするものである。

甲第四三号証の一ないし三によれば、原告の欠勤について給与が減額されて支給された事実が認められるが、欠勤による減給は、一般職の職員の給与等に関する法律(昭和二五年法律第九五号)一五条に基づいて、いわば法律上当然に減給されたものであり、これをもって当該休暇の承認のない欠勤に関して国家公務員関係秩序の維持の観点からの措置が完了したものといえないことは明らかである。

また、乙第八号証、第二六号証によれば林所長に対して口頭又は文書によって原告の欠勤及び勤務状況等について注意等を行ったことが認められるが、これらは原告の上級監督者である林所長が部下職員である原告に対する指導、監督上の措置として行ったものであり、注意等の対象となった事実について懲戒処分として行ったものでないことは明らかである。

したがって、原告の主張はその前提を欠いており、それが憲法三一条、三九条に違反するか否かを判断するまでもなく、理由がない。

第五  結論

以上のとおり、原告の主位的請求に係る訴えは不適法であるから、これを却下し、本件懲戒処分にはこれを取り消すべき違法の点はなく、原告の予備的請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の点について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙世三郎 裁判官鈴木正紀 裁判官植田智彦)

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